■座談会出席者
元プロボクサー、写心家 山口 裕朗
「Sports Graphic Number」編集者 西木 孝輔
SPOAL編集長 二宮 寿朗
SPOALカメラマン 近藤 俊哉
二宮 山口さんもプロボクサー時代、自分で入場曲を選び、後楽園ホールでその曲に乗って入場した経験があると聞いています。メキシコ修行から帰国して数カ月後、日本ランカー、東條達也選手との対戦でした。
山口 私が使用したのはジョン・コルトレーンの「My Favorite Things」ですね。
西木 ジャズじゃないですか! 一番の変化球かも知れません。ジャズを使った例はWBA世界バンタム級王者、増田陸選手くらいしか記憶にありません。
山口 1963年、ニューポート・ジャズフェスティバルでのライブ収録のものです。ライブによって演奏が違ってくるのですが、このときの演奏が私はとにかく好きでした。
近藤 渋すぎます。どうしてこの曲を?
山口 自分にとっては一番、奮い立てる曲なんですよ。ボクシングをやっていたころはよくジャズを聞いていましたから。
西木 入場曲を使ったのはこの1回だけ?
山口 そうです。私たちの時代、興行によりけりだとは思いますけど、基本的に4回戦ボクサーだと入場曲はなし。僕が所属した金子ジムの興行で、東條さんとの試合に「入場曲考えておいて」と言われて、自分で決めました。
西木 後楽園ホールだと入場までの導線が短いじゃないですか。曲のちゃんといいところで入りたいというのはあったんですか?
山口 ありましたね。すぐにリングには上がらなかったとは思います。曲が流れても控室で待っていたので、応援に来てくれた友人たちから「お前、なかなか出てこなかったな」と言われましたよ。ロックだと結構 Aメロ、Bメロって分かりやすいサビがあるじゃないですか。でも「My Favorite Things」はそういう感じじゃない。私以外誰も面白くなかったかもしれませんね。今、リングサイドで撮影していても、ボクサーにはそれぞれ入りたいタイミングがあると感じますね。
二宮 曲だけじゃなくて、入り方にもこだわりがある、と。
西木 那須川天心選手がまさにそうじゃないですか。入場曲は矢沢永吉さんの「止まらないHa~Ha」。リングインのとき入ると見せかけて1回外に戻す動きがあるんですが、これ「悪魔でも天使でも」という歌詞のタイミングと合わせてきたときは鳥肌が立ちました。リングの上では悪魔だけど、降りたら天使だよというメッセージじゃないかと勝手に想像しているんですけど。
近藤 凄い。そんなところまで見ているんですか!
西木 ボクシングの世界に来てバッチリはまったのは2回くらいかなあ。会場によってリングまでの距離が違うから難しいなとも思うんです。天心選手が凄いのは、「止まらないHa~Ha」と言えば自分だと、世間に完全にイメージを定着させている点。イントロが鳴った瞬間に会場が沸騰しますし、矢沢さんのスーパー代表曲を自分のものにしていますよね。
那須川天心選手と言えば、あの入場曲
二宮 確かにスーパー代表曲を、自分のイメージに浸透させるって相当にハードルが高い。
近藤 入り方という点では元WBA世界バンタム級王者、堤聖也選手の「Born to Be Wild」(ステッペンウルフ)もこだわっていますよね。どのタイミングでスモークが上がって振り向くか、曲に合わせて演出しています。カメラマン的にも、分かっているから撮りやすい。
西木 映画「イージーライダー」の名曲。それに合わせるかのように、ライダースの着こなしもいい。すごく合っていると思う。
山口 聖也選手は「見られ方」にこだわっているし、何より絵になるボクサーですね。
二宮 ボクシング界では「Born to Be Wild」=堤聖也のイメージがかなり浸透してきていますよね。そのボクサーのイメージと曲が、バッチリ合うとなるとなかなか難しい気がしますね。
堤聖也選手は「絵になるボクサー」
西木 元3団体ミドル級統一王者のゲンナディ・ゴロフキンは、それに近いかな。「Seven Nation Army」(The White Stripes)はFIFAワールドカップ2026のハーフタイムでも掛かるような誰もが知る名曲ですけど、ゴロフキン選手のおどろおどろしい感じが絶妙に伝わってくる。ファイトスタイルと曲調がバッチリとマッチしています。
山口 元世界6階級制覇のマニー・パッキャオは映画「ロッキー3」のテーマで知られる「Eye of the Tiger」(サバイバー)というイメージが強い。でも「Eye of the Tiger」は結構いろんなボクサーが使っていますよね。
二宮 そうそう特別感みたいなものがちょっと薄いかな。
西木 テーマから少し逸れてしまいますが、世界的に見てもアメリカ、ヨーロッパの音楽を採用するケースがほとんど。日本は井上尚弥選手や中谷潤人選手、天心選手のように自国のアーティスト、作曲家の曲を採用する傾向はあるにせよ、堤選手のように海外のメジャーな曲を使うケースも一定数います。おごそかな「Once You Had
Gold」(エンヤ)を使用した元世界3階級制覇の長谷川穂積さんも、イメージに合っていたじゃないですか。でもメキシコの選手は、軒並みメキシコの曲を使っている印象ですね。
二宮 メキシコの国旗を身につけたり、トランクスに組み込んだり、そういうボクサーは非常に多い。入場曲もそうなんだって、今気づかされた思いです。
近藤 西木さんは入場曲マスターですけど、試合のときはメモしているんですか?
西木 もちろん。分からない場合はアプリの「Shazam」で検索しますよ。リングで戦う2人の入場曲をノートに書くのは、自分のなかの決まりにしています。
二宮 僕はさすがに書くまではしないけど、気に入った入場曲を流しながら原稿を書いたりすることはよくあります。ちなみに最近のお気に入りはWBC世界バンタム級王者、井上拓真選手が使う「Rock Me Amadeus」(ファルコ)のリミックスバージョン。これはなぜだか原稿がはかどる(笑)。
西木 拓真選手はそれこそ堤選手に負けて、昨年11月に天心選手との対戦で元々使っていた「Rock Me Amadeus」に戻してきた。入場曲を変えるときって、絶対何か意味があるんです。気持ち的に変化があった可能性が高いので。試合に対する意気込みがあの曲にマッチして凄く伝わってきました。
二宮 Number WEBのインタビューで本人にそのことを聞いたんです。「堤に負けて、ボクシングを辞めることも考えたなかで初心に帰る意味もあってデビューで使っていたアマデウスに変えた」と教えてくれました。入場曲一つとっても様々なドラマがあるんですね。
近藤 撮影に集中しているのでこれまではあまり気にしなかったけど、これからは入場曲をちゃんとチェックしたいと思います。

山口 それにしても西木さんはかなりのマニアですね。
西木 山口さんが現役時代に使った「My Favorite Things」もそうですが、人生を懸ける戦いに自分の表現道具である入場曲を大切にするのは当たり前。選手たちの自己表現にどんな意味があるのかを感じていくのも、ボクシングの楽しみの一つだと思うんです。
二宮 入場曲とボクシング。こんなに盛り上がるとは思いませんでした。近々、続きをやるしかないですね。
(終わり)
2026年10月公開







