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カレッジウォーズ 慶大ラグビー部 栗原徹監督の戦い VOL.4

同じ失敗を繰り返してしまった。

ワールドカップの中断期を終えた関東大学対抗戦の再開初戦(2019年11月4日)、慶応は日体大に逆転負け。前半26分までに17-0とリードしながらも、終盤に猛攻を許してロスタイムに逆転のトライを奪われた。

筑波戦に続く、ロイスタイムでの悪夢だった。

選手たちがプレー選択の判断をしていく割合を増やし、受け身になることなく自主性を磨いていく栗原流改革をグラウンド内外で進めてきた。生み出すための苦しみとはいえ、この敗北は精神的に大きなダメージをチームに与えた。翌週の明治大戦は3-40で完敗。黒黄のタイガー軍団は、キバを剥いて抵抗すらできなかった。

就任1年目の栗原徹ヘッドコーチは、軌道修正を突きつけられていた。

大学選手権出場という目先の目標のためではなく、掲げたスローガンの「UNITY」(結束)に達せていないことに自問自答を繰り返した。

信頼を置くコーチングスタッフ、そしてキャプテンの栗原由太(4年)たちともコミュニケーションを重ね、彼は大きな決断を下す。

チームが一つになって結束できるもの。それは伝統だと栗原は結論づける。これは「回帰」ではない。前を向いている人、迷いが出ている人、自分たちを疑い始めている人…チームに温度差が出てしまっている状況において、まずもって同じ温度にしていかなければならない。そのためには結束できるツールのもとに立ち戻るべきだと考えた。

伝統とは、魂のタックルである。

栗原や和田たちが3年生時に大学日本一に輝いたときも、全員で一つになってひたむきなタックルを突き刺した先に、栄光が待っていた。

「慶応らしさって何かなって考えたんです。ボクシングにたとえたらダウンを奪われても立ち上がっていくのが慶応だよなって。ダウンを奪われないで、逆にダウンを奪うところを考えてきましたけど、一度、伝統に立ち戻ろう、と。僕自身の考え方も変えていかなきゃいけなかった。筑波戦の敗戦というものは、僕にとっても非常に大きいものでした」

2週間後の早稲田戦まで、重点的にタックルの練習に取り組んだ。ダウンを奪われても、立ち上がっていくためのトレーニングメニューにシフトチェンジした。

日吉グラウンドには、タックルダミーに飛び込んでいくドスッという重い音が響く。何回も、何人も。魂のタックルは、魂の練習によって磨かれていく。

11月23日、秩父宮、伝統の慶早戦。

ここまで2勝3敗の慶応に対し、早稲田は開幕から5連勝。前評判に置いても「早稲田の圧倒的優位」は動かない。しかしどうだ。前半から果敢なタックルで早稲田の攻撃を食い止めていくではないか。前半を10-10で折り返した。

しかし後半にトライとコンバージョンゴールを決められ、7点差リードを許す。ここから引き離されていく可能性は十分にあった。

ダウンを奪われたら、立ち上がればいい。

タイガー軍団はキバを剥いた。トライにたどり着こうと攻撃を続けた。早稲田の出足鋭いディフェンスの前に屈しそうになりながらも、あきらめずに前に向かっていった。

得点は奪えなかった。一方でそれ以上の失点もなかった。

負けたことに変わりはない。22年ぶりに大学選手権出場を逃がすという屈辱を味わうはめになった。栗原も、チームもショックを受けたことに間違いはない。

だが、大切なのは「ダウンを喫したその後」だ。

対抗戦の最終戦となった帝京大戦(11月30日)。タックルは光り、全員が躍動した。29-24で振り切り、9年ぶりに帝京から白星を奪うことができた。見事なラストゲームに、栗原は心を震わせた。自主性と伝統が重なる今後の指針が見えた一戦にもなった。

栗原の起用法は1年から4年まで先入観なく、フラットな目線に立って「その実力がある者」をメンバーに選んできた。4年生だからといってアドバンテージがあるわけではない。ただチャンスは与えた。「敗者復活」の試みもあった。フルバックの沖洸成(4年)は夏に一番下のカテゴリーとなるCチームまで下がったが、オフロードでのミスという悪癖を克服するなどしてAチームまではい上がっている。

先入観なく、フラットな目線と記すと、ちょっと冷たい感じにも伝わりやすい。

しかしそうではない。栗原は清宮の教えどおり、一人ひとり愛を持って接してきた。結果は出せなかったが、彼なりに守ってきたつもりだ。全員面談は夏にもやった。一人ひとりに声を掛け、信頼関係を築いてきた。ダウンを奪われても立ち上がることができたのは、伝統もさることながら、指導者と学生の信頼があったからにほかならない。

栗原は言った。

「4年生には特に申し訳なかったなって思うんです。勝たせてあげられなかったし、起用してあげられなかった部員もいました。その両方を与えられてないんですから、最低のヘッドコーチと思われても仕方がない。でも…」

でも。

その言葉を2、3回繰り返してから、心の底からうれしそうに言葉を出した。

「試合に出られなかった4年生も、全員、あいさつにきてくれたんです。『コーチのおかげで、人間的に成長できました』と言ってくれて、それがうれしくて、本当にうれしくて。信頼関係はあったと思っているし、それがあるから厳しいことを伝えてもついてきてくれた。(コーチ)1年目はいろんなことがあって、和田GMからも予備知識としていろいろと教えてもらっていたけど、やっぱり実際に経験してみたことで分かったものがいっぱいありました。だからこそ2020年、強い慶応を見せていかなきゃいけないって思っているんです」

2月下旬、栗原の大きな声が響いていた。

新チームが始動し、彼の肩書きもヘッドコーチから「監督」に変わった。伝統と革新をミックスさせ、真の「UNITY」を得るために部員それぞれに全力を求め、競争を仕掛けていく。それがあってはじめて結束が生まれるというのは昨年やってみて強く感じたところでもある。

納会では卒業していく4年生にこう言葉を送ったという。

「みんなには今年、絶対、試合を見にきてほしい。いや、見届けてほしい。去年、いろんなことを変えようとして、苦しんできた。その結果というものは今年にあると思っている。みんなは勝てなかった世代なんかじゃない。今年、結果を残すことができたら、去年があったからこそ。そうなれば誇りに思ってほしい」

グラウンド外では和田ともに地域交流、社会貢献をさらに進めている。ゴミ拾い参加、ラグビー教室、日吉のランチ参加、PR活動……地域からも愛される體育會蹴球部になることが、選手の成長につながると信じている。

大人虎変(たいじんこへん)。

常に自己変革していく賢者によって、タイガー軍団は進化を遂げていくに違いない。

一人ひとりの部員に愛を持って。

愛なくして、変革も結束も生まれない――。

カレッジウォーズ 慶大ラグビー部 栗原徹監督の戦い 終

2020年3月掲載

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