ボクシングの写真と映像をこれでもかと見まくった香川照之と福田直樹はただ殴り合いを楽しむのではなく、それぞれのボクサーのスタイルや美学といった深淵なるものに興味を引かれていく。彼らが好むボクシング、ボクサーとはいったいどんなものなのだろうか。
ただ強ければいいわけではない 2人がほれた様式美
――青春時代にボクシングのビデオを大量に見たというお二人ですが、どういう視点なり価値観でボクシングの試合を見ていたのでしょうか。
福田 ただ強ければいいというのではなく、好みの選手っていうのがいましたね。たとえばウィルフレド・バルガス(プエルトリコ=WBO王座2度挑戦も叶わず)なんかは4、6回戦から目をつけて必死に見てました。
香川 強くても「ああ、これはうちらの好みじゃない」というのはありましたね。たとえばいまだったらテレンス・クロフォード(3階級制覇王者、現役最高選手の1人とされる)とかは残念ながら趣味じゃないんですよ。1本筋肉が引っかかってパンチを打ってくる感じというか。あれが強みなんですけどね。なんて言うんだろう、はかなくもボクシングのセンスを追求するタイプが好きなんですよ。
福田 そうするとプエルトリコかメキシコに集中するんですよ。プエルトリコの選手のステップがちょっと引っかかるような感じ。ワンポイントのアクセントがあるんです。スイッチ気味の小さい動きを入れないと気が済まないような選手がいっぱいいて。
香川 フェイントが体に染みついているような感じとか。それがコロンビアとかだとちょっとヒザが硬くなったりする。
福田 コロンビア、ベネズエラはちょっとヒザが硬くなりますね。
香川 そう、ベネズエラは2パターンあって柔らかすぎるタイプもいる。でもちょっとヒザが硬いんですよね。
――そういう差は伝統的な練習方法からくるものでしょうか?
香川 そうなんでしょうね。この前、はからずもカニザレス兄弟(主に1980年代に活躍)の話になって、ガビーとオルランドの兄弟で、うちらは兄のガビー(元WBA、WBOバンタム級王者)のほうが断然好きなんですよ。弟のオルランド(IBFバンタム級王座を16度防衛)のほうが圧倒的に強くて結果は残しているけど、トランクスの感じとか、靴下の短い感じとかを含めてね。ガビーはオルランドほど素質に恵まれてないから、いろいろ努力して打てるポジションに入るまでの動きを追求する。そこにほれていたんですよ。
福田 オルランドは実用的な動きなんですよ。
香川 そうだね、オルランドのほうが結果を取りにいける動きなんです。ガビーのほうが大雑把なところはあるんだけど……。
福田 様式美だね。
香川 そう、そう、様式美なんです。
はかなさを感じさせるボクサーこそ魅力的
――そういった独特の美意識というのはどうやって磨かれていったと考えますか。それともボクシングを見始めた当初からあったということですか?
香川 たとえば猪突猛進の熱いボクシングが最初から好きな人がいますよね。僕の場合は最初からそういうタイプに興味は湧かなかった。やっぱり福田からボクシングを刷り込まれた経緯がありますから、福田がいいというものをいいと思ったんですかね。いや、でも初期のころから自分で判断はしていたと思うな。
福田 ビデオを見ながら2人でああだこうだ言って、意見を交わす。そうやって結局は統一した価値観になっていく。だからいろいろ意見を交わした挙げ句、最終的にどっちの意見かよく分からなくなってましたね。
――ボクシングに関する好み、価値観がほとんど同じということですよね。
香川 強さとか根性とか圧倒的なパワーというよりも、様式美だったりセンスだったりはかなさだったり。目指す意識の高さ、それが途中で挫折したとしても、その意識の高さを持っているスタイルだったり生き方が好きだったと思うんです。それが同じだということだと思いますね。
福田 4回戦や6回戦で相手が弱い場合でも、自分がどういうボクシングで勝ちたいかというのはそこに表れる。そういう方向性が表れると思いますね。
香川 そう、方向性かな。たとえば僕は島袋忠司が好きなんですよ。当時人気だった高橋直人の強さは分かるんです。ただ高橋は直線的で、島袋は沖縄の血が流れていて動きが柔らかい。ハートの弱さもあったけど、最後の最後の日本バンタム級タイトルマッチ(1988年1月)で一度負けている高橋に雪辱して勝った試合は忘れられないですね。この試合を最後に島袋はフェードアウトしちゃうんですけど。高橋はもちろん強い。でも島袋は様式美としてなぜか応援しちゃうタイプなんですね。
2020年12月公開