———フォトグラファー的な視点で見たとき、一番印象に残っている競技はありますか?
「BMXレーシングは準決勝まではヒート制で各3ラウンド走るのでレースの数は多いですが、コースが400メートルと短く、あっという間に終わってしまうので、意図的な写真の作り込みがしやすかったです。
BMXフリースタイルも楽しかったです。人間が空中に跳んでいるが純粋に面白いですし、トリックのレベルも高く『よく自転車であんなに跳べるなぁ』と純粋な驚きの連続でした。
スケートボードはストリートには行けませんでしたが、パークに行くことができました。会場のレイアウトが良かったので、面白い写真を撮ってやりたいという気持ちにさせられたのが良かったです。
あと障害馬術は馬場の外周ならどこから撮っても良かったので、自由に撮影することができて楽しかったです」
———どこからでも撮れたのは嬉しいですね。
「はい。オリンピックのような国際大会では、フォトグラファーが集中するので、人気の高いフォトポジションはプールと呼ばれて、アクセスできる人が限定されています。一番わかりやすのは陸上かも知れません。陸上はトラックの内側がプールで、それ以外はトラックの外側にある掘り下げられた通路か客席からしか撮ることができません。
プールに入れるのは大会の公式フォトグラファーの他は、世界的な大手通信社だけで、彼らは青色のジャケット、それ以外はカーキ色のジャケットなのですが、スポーツ写真はフォトポジションでほぼ決まると思っているので、ジレンマを感じることも多かったです」
———写真を作り込むという意味でポジションを自由に選べないのは辛いですよね。
「客席からしか撮れない写真もありますが、それは全体のほんの一部で一枚撮れてしまえば、あとは何も撮れないですからね。ただ高い位置からの撮影で良かった競技もあります。BMXとスケートボードです。競技の特性上、上に向かって跳ぶこともありますし、コースのレイアウト自体に起伏があったので、太陽の位置なんかと合わせて考えると撮れる写真に可能性を感じました。
ただ、やはり被写体に近づくことで選択肢が圧倒的に広がることに変わりはありません。私が好きなのはローアングルからの撮影なのですが、理想的なのはグラスゴーのセルティック・パークのようにピッチが少し盛り上がっていて、フォトポジションが少し凹んでいるところです。臨場感がまったく違います。
だから、被写体と同じ目線で撮れない会場はキツイですし、その差が露骨な会場もあったのですが、そこで文句を言っても始まりませんし『ポジションが悪くて何も撮れなかった』では悔しい。そこで誰も撮っていない写真が撮れれば『俺の勝ちだ』と思えるので、知恵を振り絞って探り続けました」
———龍さんはこれまでサッカー中心で活躍されていたと思いますが、オリンピックにエントリーしようと思った理由はありますか?
「経費が抑えられる見込みがあったのとバカンスを兼ねてですね(笑)」
———重要ですね(笑)
「結局、バカンスどころじゃなくなりましたが。前々からオリンピックには行ってみたいと思っていました。しかし、パス取得の難易度の高さは聞いていたので及び腰になっていたのですが、日本開催ということで可能性を感じたのが大きな理由です。
最初はここ数年追いかけているクライミング限定の取材パスがもらえればと思っていました。クライミングは選手と報道陣の距離も近くて、世界チャンピオンであっても、壁を作ることなく接してくれます。日本の選手もヨーロッパ遠征のときに撮影するようになって、関係を深めることができました。
だから、新種目としてオリンピックに採用されて、しかも、日本での開催なら是非とも撮っておきたいと思いました。しかし、蓋を開けてみたら全競技にアクセスできる貴重なパスをもらえたので、撮れるだけ撮っておきたいと思うようになりました」
———今大会を取材するにあたってテーマはあったのでしょうか?
「最初は難民チームを撮ってみようと考えていましたが、実際に大会が始まると忙しくなりすぎて、撮りきれるイメージが湧かなかったので断念しました。
もちろん、ワールドカップのときのように写真集の制作が決まっていれば話は違いますが、今回はコロナ禍で開催がどうなるかわからない中での準備だったので、そこまで作り込むこともできず、色々と考えた結果、毎日違う競技でベストの写真を撮ることにしました」
———毎日多くの競技が行わるから選ぶだけでも大変そうですね。
「競技のカレンダーを見ながらスケジュールを考えていたのですが、頭が痛くなりました(笑) 明日はこれ行けるから、今日はこれ行こう。あ、でも明後日にこれがあるから、やっぱり今日はこれしかない、とか。ジグソーパズルを作るような感覚でしたね。
ただ日本人選手を中心に撮ろうとは思いませんでした。もちろん、何回か撮る日もありました。空手の清水選手や女子ハンドボールが初勝利をあげた試合など。それでもメダルが期待されているから撮りに行こうとはなりませんでした。
それよりも撮ったことがない競技や、撮りたい絵が思い描けている競技を選ぶようにしていました。
結果的に24種目の撮影ができましたし、初めての競技も多く発見もありました。例えば、体操はフォトポジションのアクセス次第ではもっと面白い写真が撮れると感じましたし、フェンシングにも可能性を感じました。会場全体の照明を落として、ピスト(競技をする台)だけに照明を集めた演出や、マスクに付けられた判定用のデジタルライトなど近未来的な雰囲気があって狙える要素が多かったので、今後は機会を作って撮りに行きたいと思っています。」
2021年8月公開