スニーカーが並ぶエリアへ場所を移す。
ちょうどスニーカーのリリース日が近かったということで、NIKEの新作がズラリと並んでいた。小島さん曰く、即日完売されたモデルもあるという。
特に目玉となるのが、NIKEの【AIR JORDAN1(エア・ジョーダン1)】シリーズだ。大人気の赤・黒・白配色が、ミッドカット・ローカットそれぞれで発売される。さらにピンク色のレディースモデルもあり、今日は大豊作である。
今世の中は空前絶後のスニーカーブームだ。毎日のように新しいモデルが作られ、そしてそれらが飛ぶように売れてゆく。このブームを、ふたりはどう感じているのだろうか。
「海外の店へ行くと(フェンシングの)先輩たちが『うわ、あるんだ!』と言って盛り上がっているんです。すごいですよね。でも個人的には、なんでそこまでのブームに?って思っちゃいます(笑)」
「うちの嫁も同じこと言ってますよ。色が違うだけなのになんでこんなにあるの?って。同じ靴を何足も買うなって(笑)」
確かにふたりの言う通りだ。
NIKEのエア・ジョーダン1や、adidasのスーパースター、reebokのポンプフューリーなど、各ブランドのアイコニックモデルは何年にも渡って様々なカラーパターンでリリースされ続けてきた。ファンにとっては、似たような配色であってもそれぞれに個性を感じられるので、当然売れる。だが、傍観する人から見ると、なぜ同じものを何足も?と感じるのだろう。
「もちろんエア・ジョーダン1の王道な配色が人気というのは、詳しくない僕でもわかりますよ。でも例えばNIKEって、たまに本当に”新しい”ってモデルが出るじゃないですか。形がいびつで斬新なものとか。靴ってこうじゃん!というのが最近ちょっとずつ変わってきているのが面白いと思います。」
三宅さんは、クラシックなモデルよりもイノベーティブなモデルが気になっているようだ。横で小島さんがうなずいていた。これは解析完了のサインである。
いよいよここからが本番だ。
小島さんは、いったいどんなスニーカーをオススメしてくれるのだろうか。
1足目はまさかのウィメンズモデル
まず小島さんが持ってきたのは、NIKEの最新モデル【ZOOM DOUBLE STACKED(ズーム ダブル スタックド)】。
スタイリッシュなアッパーとは対照的な分厚いソールが印象的なシルエットだ。”ズームポッド”と呼ばれるエアーが前に1枚・後に2枚重ねられていて、歩いたり走ったりするとそのエネルギーがそのまま返ってくる。まさにアスリート向けだ。ウィメンズ展開ながらも、ユニセックスでスタイリングを楽しめる一足といえる。
「これはすごいですね。特にブラックがすごく好きです。」
まんざらでもない様子なので、早速試着することに。
「うわ、いい!これは走れちゃいますね!」
そう言って店内を走り出した三宅さん、これがトップアスリートの習性か。とても満足しているようだ。基本はナイキスポーツウェアからリリースされているので、本気なパフォーマンスでなくあくまでカジュアル用途。日常使いはもちろんのこと、ランニングやウォーキングなどの運動使いにも相性が良いモデルだと小島さんは語る。
やはり三宅さんにとっては、カッコよさも機能性もそれぞれが大切なポイントのようだ。Uber Eatsの配達員として東京の街を日々駆ける時も、足元にはasicsの黒いスニーカーを全身に合わせてチョイスしているという。今回試着したカラーも黒ということで、これは新しい配達シューズにもなりそうだ。
1足目からいきなりテンションが上がっている三宅さんを見て、小島さんのセレクト力は相変わらず凄まじい精度だと感動する。ここまでの会話で三宅さんの好みをある程度把握し、そこにど真ん中でオススメを投げ込んできたのだ。
栄枯盛衰の激しいスニーカー業界。そんな中、ファッションの中心である東京で20年間トップを走ってきたatmos、そして小島さんの凄さを垣間見ることのできる瞬間である。
今年の3月に、元ボクシングWBC世界バンタム級王者の山中慎介さんと買い物へ行った時もそうだった。的確なレコメンドを繰り出し、結果として山中さんは2足購入したのだ。
あの時は早かった。最初の1足を試着した途端、山中さんが「買います」と言い、取材が一瞬で終わるところだったのだ。世界チャンプすら一瞬でノックアウトしてしまう”スニーカーの神様”のパワーは凄まじい。
としみじみ回想したところで、背筋が凍った。
今日ここまでの流れが、完全に3月とシンクロしているのだ。
ふと三宅さんを見ると、
「これは買っちゃうよね。カッコいいな。」
と、近くにいる大徳マネジャーに語りかけているではないか。マズい、非常にマズい。この時間をまだ終わらせてはならない、と体中の細胞がサイレンを鳴らしていた。すぐさま小島さんへ話を振り、他のオススメモデルの紹介をお願いする。
ほどなくして、バックヤードからまた新しい靴箱が運ばれてきた。
なんとか最悪の結末は回避することができたようだ。たとえ最初のモデルを買ったとしても、もう一足くらいは試着してほしいものである。
ところが、私のこうした努力も全て”スニーカーの神様”の手のひらの上の出来事に過ぎなかったのだった。次の一足は最後の一足、それが買った一足。
敢えて今回は先に結末をお伝えすることにした。
その過程を、どうか心ゆくまでお楽しみいただきたい。
2020年7月掲載