「どうしたんですか?」
電話の向こう側の相手が驚くのも無理はない。オフ、それも深夜に監督から電話が掛かってきたのだから。
「悪い。夜11時半には寮の前につく。ちょっと話したいことがあるんだ」
外池大亮はキャプテンの大桃海斗を呼び出した。
時間どおりに到着すると不思議そうな顔を浮かべるキャプテンが待っていた。
外池は「謝りたいことがあるんだ」と切り出した。
「4年生が、キャプテンが頼りないっていうことにして俺のほうで正解をつくって、やらせていた。そう思っていただろ?」
反応を待つ短い時間が、とても長く感じた。
「はい」
返答を聞いて、「やっぱりな」と心のなかでつぶやいた。
何が自主性を促す、だ。俺は自主性に蓋をして、残留ばかりに思考をめぐらせていた。恥じていた。責めていた。
「申し訳なかった」
外池は大桃に頭を下げた。すると、思ってもみなかった言葉が返ってきた。
「いや、僕らも外池さんに頼っていたんです。僕たちだって良くはない。そう言ってくれてうれしいです」
キャプテンの言葉が、恥じていた自分、責めていた自分から救い出してくれた。
次の相手は、優勝を既に決めている明治大学。前期も0-2で敗れている。しかし週末の試合を考えるより、まず部員に謝罪するのが先だった。
オフ明けの幹部ミーティングで「みんなの前で謝りたい」と言った。すると大桃キャプテンとBチームの4年生監督に「謝らないでください。そこは僕らが伝えますから」と止められた。俺らの監督を傷つけたくない。彼らはそんな思いだったのだろうか。ただ、外池は思いもよらない言葉に、思考は回っていなかった。それでも気持ちが収まらないため、4年生だけには自分の言葉で謝らせてもらうことにした。
監督がさらけ出した正直な思い。
それがチームを一つにする、巨大なラストピースであった。
明治を相手に加藤が点を取り、今季初めてゼロに封じて1-0で勝利した。
謝罪から明治に勝利するまでの1週間を、外池はこう振り返る。
「生まれ変わったように活気づきました。(週半ばに)4年生だけの早慶戦があって、ここで勝利を収めることができました。下級生も応援を頑張って、こういう空気感で勝利ってつかめるんだと部員は感じたはずです。みんなが主体的に練習で取り組んでいました。こういうのが本当の主体性なんだよなって、思えました。そしてうれしかったのは明治の栗田大輔監督がブログで『早稲田の執念と圧力を感じた。今季は下位に低迷しているが、新しい取り組みや提案をしてくれる素晴らしいチーム』みたいなことを書いていただき、心が弱っていた僕にとっては凄く励みになった。チャンピオンのチームから称賛を受けるわけですから。やっぱり俺たち早稲田は1部にいなきゃいけないんだとあらためて強い気持ちを持つことができました」
明治に勝ったとはいえ、残留を確定させたわけではない。最後の専修大戦で、勝って「歴史的残留」を果たさなければならない。それは部に絡む全員の決意となった。明治に勝って、浮かれた者など一人もいなかった。
11月23日、東京・早稲田大学東伏見サッカー場。
前日から雨が降りしきり、気温も低い。彼らは決戦の朝、東伏見にある神社に向かった。今季一度、遠征先の葛飾の神社で必勝祈願をして勝ったことから、「地元でもやってみよう」となった。
「やるべきことは全部やっておきたかったんです。こういうことをやるときって雨も降っているから〝やめましょう〟っていう声が挙がったりするのが普通なのに、一切なかった。一枚岩っていうのが本当にピッタリな表現。みんな、一つに向いていました」
これ以上ない最高の準備をしよう。自分たちのグラウンドで戦う利点を活かしてベンチを試合と同じように置くなど本番をシミュレーションしてトレーニングをした。
試合に出る選手だけではない。応援部隊は、学内の応援サークルと協議して部員からも「一体となるためのアイデア」を詰めていったという。誰もが主体的に動いていた。
外池も自分を信じた。点を奪うために攻撃的な選手をもう一枚配置しようと考えたが、朝のBチームの練習でグラウンドがかなりぬかるんでいるのを見て、選手を入れ替えることにした。誰もがその決断と受け入れ、攻守のバランスを取りながら専修大に28本のシュートを浴びせた。ピッチもベンチも応援も、すべてが一体ですべてが主体的に。
3-0で勝利した瞬間、外池は声を張り上げた。苦しかった分だけ、みんなでつかんだ分だけ、言葉にならない、表現できない喜びが全身を襲った。
抱き合った、叫び合った。
外池は言った。
「試合のなかでブレイクスルーしていく彼らを見て、頼もしかったし、信じた。信じ切れました。みんな本当にいい顔をしていました」
歴史的残留のミッションはかくして果たされたのだった。
寒風が窓を叩く音が大きくなっていく。
外池はその音も気にすることなく、いろんな写真を見せてくれた。試合当日みんなで行った神社の写真、昨日に最後のミーティングを行なった4年生の集合写真……。
「どうです? みんないい顔をしているんですよね」
写真を眺める外池に、聞いておきたいことがあった。
この1年、指導者として何を学んだのか、を。
外池は姿勢を直して、静かに語っていく。
「昨年の優勝では得られなかった経験をほとんどしたと言ってもいいくらいです。学生と会話をした時間もそうですが、何よりも自分と会話をする機会がメチャクチャ多かった。お墓参りに行って、自分の非に気づかされてキャプテンを呼び出したわけですけど、もし『もう時間も遅いし、無理です』って断られていたら、今ごろどうだったんでしょうね……。
自分の弱さをさらけ出すって、リスクもあると思うんです。後戻りできないし、真逆の反応で幻滅されることだってあるでしょう。それでもあのときの僕は、自分をさらけ出さなきゃと思った。キャプテンたちに『謝らないでください。僕らが伝えますから』と言ってくれたとき、正直、『こいつら、凄いこと言うな』って思ました。そんなこと言ってくれるなんて思ってもみなかったので。みんな僕のほうを向いてくれていたし、見てくれていた。それが凄くうれしかった」
カレッジ☆ウォーズ。
学生を成長させるテクニックなどない。
ときにぶつかり、ときに認め合い、ともに歩み、ともに成長する。
相手を見つめ、自分を見つめ、そしてお互いに自分をさらけ出す勇気と、それを受け入れる器量を持つ。相手に、自分にガチンコで気持ちをぶつけ合って、揺るぎない信頼関係が生まれていった。
人は弱い生き物だ。でもその弱さを認めていくなかで、本当の強さというものを人は手に入れるのかもしれない。
外池は卒業していく4年生にエールを送る。
「人生これから辛いこともあると思う。でも、彼らがチームの思いを一つにして歴史的残留を果たせたことは、将来絶対に活きるはずだと思うんです。僕だってそう。それくらいの経験を、みんなにさせてもらった」
携帯電話に残した4年生の集合写真にもう一度目をやった。
彼は優しく微笑んだ。
貴方こそ、いい顔をしている。
筆者じゃない。携帯に映る4年生たちが、そう言っていた。
カレッジ☆ウォーズ 早大ア式蹴球部熱血監督の戦い PLUS 終
2019年12月掲載