二宮 「フットボールアルケミスト」は現在3巻まで発売されていますが、僕が最も好きなシーンと言いますと……。
木崎 二宮さんが沼田好きなのは分かりましたから、彼絡みの話では?
二宮 そうなんです。沼田の入団が決まるかどうかの大事な一戦で先崎がメモを渡しましたよね。正直、どんなことが書いてあるのかなと思っていたら、意外にも彼の仲間からの寄せ書きというのはやられましたよ。ひょっとしてこれも取材に基づくエピソードなんですか?
木崎 (ラルフ・)ラングニックがハノーファー監督時代に、選手の奥さんにメッセージを書いてもらって、それを試合前に選手に渡してソックスのなかに入れて試合をするように伝えたっていう話があったんです。
二宮 教授と呼ばれているラングニックも、そんな手法を取るんですね。
木崎 身近な人のメッセージというのは凄く効果があるなと思ったんで、ここで使ってみようと考えたんです。
二宮 日本でも鹿島アントラーズが2連覇を達成することになる2009年の終盤戦に、オズワルド・オリヴェイラ監督が選手に内緒で家族からのメッセージビデオを用意して、これに発奮したチームは3連勝して優勝をつかんだという話もあります。ラグビーでも日本代表が優勝候補の南アフリカ代表を撃破する2015年のイングランドワールドカップにおいて、トップリーグの選手やOB、ラグビー関係者700人ほどの応援メッセージが南アフリカ戦の前に流されています。沼田が寄せ書きを見て熱くなるのはよく分かります。先崎、メッチャ分かっている!と思いましたよ。
木崎 僕も、いいシーンだなとは思います。
二宮 もう一つ、好きなシーン言ってもいいですか?
木崎 また沼田ですか?
二宮 いや、チームメイトのウルグアイ人、ロボが走らない選手だったのに、泥臭く走って守備を助けたのは胸アツでしたね。ただ単にサボっていたんじゃなくて、スラム街で育って、サッカーはいかに腹を減らさないで勝つかという彼なりの哲学にも説得力がありました。ひょっとしてこれも実話が叩き台になっているとか?
木崎 これもそうですね。
二宮 まじ! ニュースか何かで?
木崎 いや、これは実際に聞きました。カンボジア代表で監督を務めていた(現在は退任)アルゼンチン人のフェリックスがネタ元です。僕もチームスタッフなので一緒にいる時間が長いので。
二宮 じゃあウルグアイ人選手の話は大体、フェリックスさんから聞いたことがヒントになっているんですね。
木崎 まあ、参考になってはいます。
二宮 原作の木崎さんが、一番好きなシーンってありますか?
木崎 斉藤悠馬という選手がドイツ1部のチームで干されて、先崎がトルコ1部のチームのオファーを持ってくるんですけど、シュバルツにつぶされるというところから先崎とシュバルツが激しく言い合うところは気に入っていますね。
二宮 あそこが2人のバトルの発火点だったわけですもんね。まあこれ以上、内容をしゃべってしまうとネタバレが多くなってしまうので、このあたりでストップしておきましょうか。ただ、サッカーの裏の世界を描いているわけですけど、やっぱりサッカーっていいなって思うことができます。先崎はクールですけど、内面はかなり熱いヤツだなって感じますね。
木崎 2人のバトルはこれからもっと熱くなってくると思います。
二宮 この作品は、代理人の報酬について基本的な情報も教えてくれています。日本の代理人は選手から得るのが一般的ですが、ドイツの場合は移籍や契約更新に際してクラブから受け取る。要は、報酬の出どころが違うために、ブンデスリーガへの移籍となると両者が協力しやすいという状況です。こういったことを踏まえたうえでリアルに沿って、物語が展開されているところも反響を呼んでいる理由なのかなとは思います。
木崎 そのリアルなところで言うと、日本にも今、変化が訪れています。
二宮 木崎さんがNumber WEBで書いていたイギリス・ロンドンに本社を置く「CAA Base」の話題ですよね。契約する日本人選手から報酬を得るのではなく、ヨーロッパ移籍に際してヨーロッパのクラブから報酬を受け取るヨーロッパ型を持ち込んできた、と。
木崎 契約選手はアンダー年代の日本代表でかなり拡大していますから、近いうちに一大勢力になってくるとは思いますね。
二宮 こういった最新事情なども今後は「フットボールアルケミスト」のなかのエピソードとして出てくるのかもしれませんね。では最後にもう1つだけ。「フットボールアルケミスト」って簡単に言えば、サッカーの錬金術師ということになるとは思うんですけど、これは木崎さんが考えたんですか?
木崎 いや、タイトルは編集者の方ですね。僕は何個か提案してみたんですけど、全部ボツでした(笑)。
二宮 最初は長いタイトルだし、どうかなと思ったんですが、読んでいくと何だかハマっている感じがするんですよね。「ジャイキリ」と「キャプツバ」みたいに簡略できなさそうなのが残念ですけど。
木崎 漫画の原作をやらせてもらって、やっぱり「監督」である編集者が一番重要なんだなって感じています。「監督」の期待に応えるべく、漫画家の先生と力を合わせて、面白いものになっていければ。
二宮 先崎とシュバルツのバトルが気になるなあ。
木崎 目の離せない展開になっていくと思うので、どうぞご期待ください。
終わり
2021年4月公開