■座談会出席者
日本経済新聞運動グループ 山口 大介
SPOAL編集長 渋谷 淳
SPOAL編集者 二宮 寿朗
新聞デスクは大変、ホテルに泊まり込みで深夜までお仕事!
渋谷 山口さん、まずは東京五輪の統括デスク業務お疲れさまでした!
二宮 大会期間中はホテル住まいと聞きました。
山口 会社とホテルの往復ですね。大体、朝9時前後に出社して深夜0時過ぎ、遅い日は2時くらいまで。
渋谷 うわあ、大変だ。俺とトシオくんはずっと自宅観戦だったけど。
二宮 統括デスクというのは平たく言うと、現場で取材している記者に指示を出したり、原稿をチェックしたりという業務になるんですかね?
山口 毎日の競技スケジュール、成績とにらめっこしながら、朝刊、夕刊、電子版のメニューを決める「設計」という仕事をしていました。トップ、2番手、コラムなど記事の扱いを決めるんです。それ以外に自分で総括的な記事を書いたり。現場の記者は担当競技の取材に追われているので、ある程度自分で書かなくてはいけなくて。
二宮 現場から上がってきた記事を見るだけじゃなく、情報を集めて自分も書くとなると、かなり大変でしたね。
左から二宮、渋谷編集長、日本経済新聞運動グループ・山口記者
渋谷 大会前に「五輪を語ろう。」の座談会をやりましたけど、競技そのものの話題以外では新型コロナウイルス感染対策の話や、酷暑の話も出てきて、山口さんが挙げていたことがやっぱりいろいろと世間の関心ごとでもあったというか。
二宮 女子ボクシングに注目とか、競技自体でも山口さんの読みが当たっていてびっくりしましたよ。
山口 知らないところから矢が飛んできたみたいな、とんでもない出来事は正直あんまりなかったですね。ある程度、メダル候補や想定される問題・課題も念頭に入れて準備できていたかなとは思いますね。
渋谷 そのなかでも想定外のことってあったんですか?
山口 アスリートのメンタルヘルスの問題ですね。体操女子のシモン・バイルズ選手(アメリカ)はこれまで五輪において4個の金メダル、世界選手権において19個の金メダルを獲得しているわけですが、団体決勝の跳馬を演技した後に、不安に襲われてしまってこれ以上はできないと途中棄権しました。
二宮 金メダル間違いなしと言われていただけに驚きました。
山口 アメリカの報道もバイルズ一色になったらしいです。個人総合も出なかったんですけど、種目別の平均台で銅メダルを獲得しました。
二宮 会場内もバイルズに対して大きな拍手に包まれましたよね。
渋谷 チームのなかで何かあったとかそういうことではなく?
山口 はい、チーム内の対立衝突などは聞いていません。(理由としては)金メダルに対する重圧がかなりあったんじゃないかと思います。ひと昔前なら棄権したことに対して「勝手じゃないか」とか「最後まで戦い抜くのがトップの選手なんじゃないか」とか、そういう論調もあったかもしれないですが、そうした批判的な論調もほとんどなかったと思います。
二宮 その「金メダル間違いなし」が重圧になってしまったということですか。
山口 日本でもトランポリン女子の森ひかる選手がそうでした。
二宮 予選敗退に終わりましたね。
山口 2019年の世界選手権を制して世界チャンピオンとして今回の五輪に臨むことになりました。予選敗退後のミックスゾーン(取材エリア)で、周囲の期待がとてつもない重圧になっていたことや、大会前にコーチに出場辞退を願い出ていたことを明かしたそうです。
渋谷 あー、想像を絶する重圧ということか。
山口 バイルズ選手の話に戻ると、色々な競技のトップ選手が、このことにコメントしています。例えば、競泳男子で金メダル5個を獲得した(ケーレブ・)ドレッセル選手(アメリカ)は「我々は異常な状態に置かれている」みたいな言葉があったりとか。多くの選手はバイルス選手の決断に理解を示したり、共感を表したりする反応だったようです。
渋谷 テニスの大坂なおみ選手のことを契機に、メンタルヘルスの問題は確かにメディア側も考えていかなきゃいけない問題ですね。
二宮 ほかに何か想定外のことってあったんですか?
山口 あとはSNSでのアスリートに対する誹謗中傷ですね。体操の村上茉愛選手は大会前にSNSに傷つく書き込みをされたようで、ミックスゾーンの取材で告白しながら号泣してしまったそうです。
アスリートのメンタルヘルス、SNSも大きな話題に
渋谷 ほかのアスリートでもあったよね。
二宮 SNSは大会中でも、個々にやっていいということだったんですか?
山口 ジャーナリズム活動をしてはいけないというルールはあるんです。例えばどこかのメディアに選手の手記を載せるとかダメ。大会のアクレディテーションカードを持っている指導者やスタッフたちも同様。評論記事などもできません。
渋谷 選手だけじゃないんだ。
山口 ただSNSについてはある程度自由に発信して構わない。もちろん差別的な発信、政治的な発信などはダメですが、選手村での生活の様子とか競技会場に向かう様子とかは人々の関心を高める意味においてどうぞやってください、と。ただマイナスの効用への備えが欠けていたんじゃないかと思います。思いのほかネガティブな反応が少なくなくて、選手が被害を受けるケースがあったということです。
二宮 SNSの良い例でいうと、ジャマイカのハンスル・パーチメント選手(陸上男子110mハードル)の御礼動画が大きな反響を呼びました。
渋谷 えっ、何それ?
山口 パーチメント選手が準決勝の日にバスを間違って競泳会場に着いちゃって、そこにいた大会スタッフが今からじゃバスで選手村に戻って国立競技場に向かっても間に合わないということでお金を渡してタクシーで向かって間に合ったという話。結局、彼は金メダルを獲得するんです。
渋谷 凄い。機転を利かせたスタッフさんのお陰だ。
山口 そうなんです。これをインスタで金メダルと借りたお金とお土産のジャマイカ代表のTシャツを持って、水泳会場にいるそのスタッフさんのところを訪れて感謝を伝えるという動画が大きな反響を呼んで。ジャマイカ政府はそのスタッフさんを自国に招待したいという意向を示しています。
二宮 外国のアスリートが日本に対して感謝を伝える発信も多かったように思います。選手たちの反応を知ることができたのも、SNSの良い例なんでしょうね。
2021年9月公開