数あるサッカー漫画のなかで異色の作品と言えるのが、ヤングアニマル(白泉社)で好評連載中の「フットボールアルケミスト」。
選手やクラブの間に入ってお金を動かしているサッカー代理人を題材に、サッカーの裏側を描いています。
主人公は〝金の亡者〟と悪評名高いサッカー代理人の先崎恭介。「あらゆる手段で選手をのし上げる。ここまでやれるのが代理人の力」と彼は言い切っています。観戦に訪れた際にはサッカーファンから「悪魔」呼ばわりされるほど嫌われていますが、シビアにクールに、そして徹底的にプレイヤーファーストで動く先崎のやり方は、選手にとって誰よりも心強い存在ともなっています。私もどっぷり「フットボールアルケミスト」にハマっている一人です。このたび文化庁メディア芸術祭の漫画部門で審査委員会推薦作品にも選ばれました。
この作品の原作者がスポーツライターの木崎伸也さん。「超レア様に会ってきた!」でもご登場いただきました。ドイツに拠点を置いての取材経験や、本田圭佑選手の密着取材が、いろいろと活かされているとか。「SPOALの本棚」特別編として、木崎さんに「フットボールアルケミスト」の〝裏側〟をインタビューしました。ネタバレを含みますので、どうぞご注意を。
二宮 待望の3巻が1月末に発売にされました。帯に「この作品は実話をもとにしたフィクションです」というのが初めて入りましたね。
木崎 そうですね。実際にいろいろとあった話を参考にしながらインスピレーションを働かせたり、切り張りしたりしているので。そこをはっきり提示したという形ですね。
二宮 まず、そもそものところから聞きたいんですけど、なぜマンガの原作をやろうと思ったのかな、と。
木崎 僕はスポーツライターの金子達仁さんがNumberに書いた「叫び」「断層」を読んでファンになって、2000年12月にスポーツライター養成講座「金子塾」に入りました。そのときに編プロ(編集プロダクション)の漫画編集者が塾生のなかにいて接点ができたというのが始まりです。
二宮 えっ、でも20年くらい前の話ですよね。そこからどんな経緯があったんですか?
木崎 その編集者は漫画雑誌「モーニング」(講談社)にいて、のちにあの「GIANT KILLING」を立ち上げています。
二宮 あのジャイキリを立ち上げた編集者が何と金子塾にいらっしゃったんですね。
木崎 僕もサッカー漫画でアイデアを求められてきたんですけど、なかなか引っ掛からなくて。ただモーニングの欄外にいろんな情報を書くという仕事をやっていました。それでもずっと「一緒に漫画の仕事をやろうよ」とは言ってくれていて、彼が編プロを辞めて独立したときにあらためて話をして、サッカー代理人をテーマにした原作を書けないかっていうお題をもらって。
二宮 アイデアは木崎さんじゃなく、編集者の方だったんですね。取材を通してサッカーの世界を見てきているわけですから、そこを期待されたんでしょうね。
木崎 編集者って「監督」なんだなって思いました。提案して、助言して実現に持っていくというか。2019年の話ですね。びっくりするくらいトントン拍子で「ヤングアニマル」での掲載が決まったんです。
二宮 国連で働きたいという女子大生が、先崎事務所で働くことになったところから物語は始まります。
木崎 先崎に助手を入れるというのも編集者のアイデアでした。読者と専門職である先崎をつなげる役割がいないといけないと。だからサッカーにさほど詳しくない設定で。
二宮 国連で働くことを目指しているから、語学は堪能ですよね。英語もさることながらポルトガル語もいける。
木崎 実は国連広報センターで働いている人が知り合いにいたり、僕と馴染みの編集者のほかに白泉社側にも担当の編集者がいて、その方の妹さんが国連を目指されていたり、というのもあって参考にさせてもらいました。
二宮 まあ先崎がクールで、多くを喋らない人だから、隣で説明してくれるキャラクターは確かに欲しいですね。そもそも先崎のモデルって誰かいるんですか?
木崎 いろんな代理人をごちゃまぜにした感じですね。日本も海外も、両方からエッセンスを入れています。
二宮 ビジュアルは、誰をイメージしたんですか?
木崎 僕のイメージは氷室京介さんだったので、漫画を描く12Logさんに氷室さんの写真を渡したんです。
二宮 キャラクターを設定していって、どのように物語を展開していくか、ですよね。
木崎 とにかく第1話が大事だと編集者からは言われました。かなり時間を掛けて、やり取りしましたよ。見せ場はこうつくったほうがいい、とか、読者からすれば「へえー」となるところもないといけない、と。
二宮 先崎と助手の夏目がお目当ての選手を視察に行く場面があります。前評判の高い選手と思わせておいて、まだ誰の目にも止まっていない沼田啓太がターゲット。僕はそういう分かりやすい展開にはならないでしょって思いながら読み進めましたよ。
木崎 おっ、鋭い(笑)。
二宮 海外で通用するかどうか、先崎が語る場面は興味深かったですね。まさに木崎さんが取材したことがここで活かされているんじゃないかと思いました。
木崎 「沼田はボールを受ける前に相手に体をぶつけ、取られづらい場所にボールを置けている。すると相手がバランスを立て直して取りに来たときには――100%で迎え打つことができる」と先崎が言ったシーンですね。
二宮 これは代理人から聞いた話なんですか?
木崎 いや、実はある選手から聞いたことがヒントになったんです。
2021年4月公開