キャプテン森下将史 25歳で引退を決断
退団選手のお知らせ――。
日本ハンドボールリーグに昨シーズンから参戦したジークスター東京のホームページに「退団選手のお知らせ」というニュースが掲載されたのは4月12日のことだった。チームの強化を考えれば、選手の入れ替えがあるのは当然のこと。プロ野球でもJリーグでもBリーグでもそれは同じだ。しかし、いくらなんでも退団選手が一気に10人というのは関係者を驚かせるのに十分なインパクトがあった。
その10人の中には森下将史の名前もあった。昨シーズン、キャプテンとしてチームを引っ張った背番号5である。移籍ではない。森下は自らの決断により昨シーズンを最後に、現役を退くことを決めた。
「結果を出すことができず、このまま続けて今後どうするのか。ずっと考えていました。そんなとき、昨年のシーズンの11月ごろだったと思いますけど腰を痛めたんです。遠征にも帯同できなくなって、ここで一区切りをつけて引退しようと決意しました」
日本リーグの選手になる。それは森下が中学生時代から心に抱いていた夢だった。
「中学校の卒業アルバムに『ハンドボールの日本リーガーになりたい』って将来の夢を書いたんです。夢の一つであるリーグで1年間ではありましたけどプレーできたことは、かけがえのない経験になったと思います」
夢は確かにかなった。だからといってここで辞めてしまうのは少しもったいないようにも思える。まだ25歳。事実、「もう1年がんばってみたらどうだろうか」と励ました周囲の人間は少なからずいた。森下はいわゆる戦力外通告を受けたわけでもなかったからだ。
チームのマネジャーを務める髙宮悠子は森下が辞めると聞いて「えっ」と思った一人だ。森下はジークスター東京の前身、2018年に発足した東京トライスターズ時代からの生え抜きで、苦楽をともにしてきた仲であり、髙宮にしてみると「横地監督の目指すハンドボールを一番理解している選手」という思いもあったからだった。
しかし、森下は他人に相談することなく、自ら悩み、考え、引退という重たい結論を導き出した。シーズンが終盤に入っていた2月中旬の練習後、横地に時間を作ってもらい、引退することを伝えた。横地は「そうか」と何度かうなずき、「残念だけど次のステップにいくのであればオレは応援したい」という言葉を森下にかけたという。
ここまで話が進んだら髙宮の出番はもうない。
「監督は自分でちゃんと決めたことは尊重する人なんですよね。本人が真剣に考えて決断し、監督がそれを受け止めた以上私たちが『辞めないほうがいい』とは言えませんから」(髙宮)
振り返れば1年前、森下は大きな期待と不安を胸に、チームにとっても個人にとっても初めての日本ハンドボールリーグ参戦に向けて準備を進めていた。前身のクラブチーム、東京トライスターズは新たなスポンサーがつき、ジークスター東京として生まれ変わった。そんなピカピカの新チームのキャプテンに、監督の横地は森下を指名した。
どうチームをまとめるのか、新キャプテンに与えられた試練
「シーズン前に監督と選手の面談があって、横地さんから『森下をキャプテンにしようと思っている。どうだ?』と聞かれたんです。断っていいとも言われて、自分でもキャプテンのキャラではないと思っていたんですけど、任されたからにはがんばろうと思いました。監督と話をする前に、前キャプテンの新名亮介さんから『次はお前だと思うぞ』と言われてもいたので、心の準備はしていたんです」
森下は決してグイグイと周囲を引っ張っていくような親分肌タイプではない。それでも監督が森下をキャプテンに指名したのは、髙宮が指摘したように監督のハンドボールをよく理解しているからであり、ハンドボールに取り組む真摯な姿勢や、その人柄に期待したということだろう。
実はこの少し前、森下は通算3シーズンで「一番調子がよかった」という時期を経験している。2020年の1月だった。日本リーグ参戦が決まったチームは愛知県に遠征し、トヨタ車体、大同特殊鋼、湧永製薬という日本リーグのチームと練習試合を行った。ここで森下はジークスターで主に務めていた右45度ではなく、学生時代に慣れ親しんだセンターというポジションで出場。日本リーグの選手を相手に手応えを感じることができたのだ。
こうしてジークスター東京の初代キャプテンとなった森下だが、その航海はスタートから難しい舵取りを強いられることになった。まずはコロナパンデミックという想定外の事態に見舞われ、予定していたトレーニングができなくなってしまった。条件は他のチームも一緒とはいえ、こちらは日本リーグに初参戦のチームなのだ。リーグで戦い抜くため準備はどのチームよりも重要だった。
さらにキャプテン就任後、日本代表クラスのプロ選手が3人加入してきたことも大きなプレッシャーとなった。プレーの点からいえば、彼らの力がリーグを戦う上で不可欠なのは言うまでもない。問題は実力もキャリアも桁違いで「雲の上のような存在」というプロ選手たちと、経験の浅い若手の力をどうやってうまく融合させるかだ。自らも若手である森下が「このチームをどうまとめていくのか」と悩んだのは当然だろう。
「結果的にベテランの選手たちが若手によく声をかけてくれましたし、若手もベテランを慕ってよく話を聞いたりしていたので、そこはそんなに苦労はしなかったです。ただ、横地さん的にはもっとチームの中でキャプテンとして発言していってほしいというのはあったと思います。そこはあまりできなかったというのが自分の中ではありますね」
ゴールがよく見えないまま試行錯誤を続けているうちに、あっという間にオフシーズンは終わりを告げた。森下本人は春先の好調を維持できず、今ひとつ感覚がつかみきれないままだった。自分たちは本当に日本リーグで戦えるだろうか? 2020年8月29日、ジークスター東京は記念すべきリーグ初戦を迎えることになった。
2021年4月公開