都市対抗野球に来れば観戦の価値観が変わる
高校野球から大学野球をへてプロ野球でも活躍し、34歳の現在、社会人野球のJFE東日本に身を置く須田幸太は「社会人野球は面白いです」と何度も口にした。「ぜひ一度、都市対抗野球を見に来てほしいです」。社会人野球の魅力を語る口調は熱を帯びた。
「野球ですからやっている中身はそんなに変わりません。違うのは応援ですね。社会人野球の最大の大会は『都市対抗野球』で文字通り都市を代表して戦います。電光掲示板には“JFE東日本”ではなく“千葉市”と出るんです。それで千葉市からたくさんお客さんが来る。もちろん会社の人が多いですけど、地元から商店街の人とか、市会議員さんとか、県会議員さんなんかも来てくれる。JFE東日本なら2万人くらいの集客能力があります」
須田は「今はあるか分からないけど」と前置きして臨時列車の存在を教えてくれた。千葉市代表のJFE東日本を応援するためのJRの臨時列車が千葉駅から東京ドームの最寄りである水道橋駅まで出るのだ。運賃は無料。応援したい人がみんなタダで同じ電車に乗って、決戦の地に向けていわばキャラバンを組む。移動だけでもテンションは高まることだろう。
「球場に入ればベースをはさんで半分がJFEの応援団、逆の半分が相手チームの応援団になります。プロ野球ならだいたい応援団は外野席ですよね。社会人野球は内野も応援団です。その応援団がブラスバンドに合わせてみんな同じ応援をします。応援団との一体感をすごく感じるんですよ。ほんと、応援団は10人目の選手という感覚ですね。観客目線で都市対抗を見に来たら価値観が変わると思いますよ。今はコロナで応援はできませんけど」
そしてもう一つ、都市対抗野球はトーナメントという一発勝負であることも忘れてはいけない。
「プロ野球なら点差がつくと、いわゆる敗戦処理が登板したり、経験を積ませようと若手を起用したりしますよね。都市対抗はそれがない。どんなに点差が離れて負けていても抑えの切り札を出すし、チームも絶対にあきらめない。だから劇的な逆転ゲームが多いんです」
ファンと選手が一体となって戦い、緊張感にあふれ、よりドラマチックな展開が期待できる。それが社会人野球なのだ。須田はこの雰囲気が気に入っている。もちろん練習環境や設備面ではプロ野球のほうがいいに決まっている。高校野球の甲子園は日本中で注目を集めるし、大学野球も須田が所属していた早稲田となれば、早慶戦に注がれる視線は社会人野球のそれよりも熱いことだろう。それでもなお社会人野球は素晴らしい。須田はそう感じている。
コーチとして、選手として野球に全力を注ぐ
今シーズン、兼任コーチとなった須田にちょっとうれしい出来事があった。東京・東海大菅生高から入って2年目の中村晃太朗が初登板で無失点の好投を演じたのだ。高校生が社会人野球ですぐに活躍するのはかなりハードルが高い。そんな中村を須田は半年間、つきっきりで指導し、ようやく成果が出たというわけだ。
「中村はすごくいいものを持っているし、まだまだ伸びる余地はたくさんあります。他の若い選手もそうです。自分に伝えられることはどんどん伝えていきたいですね」
兼任コーチだから教えるのは当たり前だが、須田は指導をするにあたり「自分で考えさせる」という姿勢を大切にしている。上から押しつけるように答えを与えるのは簡単かもしれない。でも、それでは長い野球人生を考えれば絶対にマイナスだ。だから須田はいつもアドバイスをしたあとに「オレの言うことは絶対じゃない」と付け加えることを忘れない。
学生気分が抜けず、「甘いな」と感じる若手もいないわけではない。でも、ふと自問自答してみるのだ。「じゃあ、お前が20歳前後のころはどうだったのか」と。謙虚に振り返れば「まあ、似たようなものだったかもしれないな」という結論になる。だから口やかましく小言は言わない。それが結局、「自分で考える」姿勢にもつながっていく。
すっかり指導者モードに入ってしまったようにも見えるが、残り少ない選手生命に全力を注ごうという気持ちは強い。
「もう僕が投げなくてもいいくらいになればと思ってますけど、今シーズンもきっと出番は多いでしょう。監督は僕のことを『使い切ってやろう』くらいに思ってるんじゃすか。残りカスもないくらい使い切ってやると(笑)。それは自分も覚悟しています。5月に北海道で大会があって4日間で5試合あるんですけど、何だったら全部投げてやろうかと思ってるくらいですから(笑)」
須田幸太は気負わず、肩に力を入れず、野球を楽しみ、なおかつ「やるべきことはやる」というゆるぎない意志をハートに刻み込んでいる。酸いも甘いもかみ分けた投手兼任コーチは今シーズンもクローザーとしてマウンドに上がる。
クローザー JFE東日本 須田幸太 おわり
2021年5月公開