ここまでの大敗は予想できなかった。
優勝争いに身を置くワセダは11月21日に順天堂大学との一戦を迎えた。前半12分にコーナーキックから失点を許すと、相手の流れを食い止められない。後半には退場者を出し、結局は0-5大敗に終わった。
首位の明治大学に食らいついていくには、もう負けられない。早急に建て直しを図る必要があった。学生の主体性に委ねるのが基本方針。しかしこのときばかりは指揮を執る外池大亮は「自分が動くべき」と判断する。
「改善するポイントは分かっていました。学生たちが目の前に広げている風呂敷のなかから選ぶんじゃなくて、ちょっと視点を変えなければならないと考えました。我々が足りていないのは、走れていないところ。守備のやり方を変えてもっと前からプレスを掛けられていくシステムのほうがいい、と」
週明けにはキャプテン、副キャプテン、主務らが集まる週に一度の「幹部会」において外池はこれまでの4-1-4-1から4―4―2へのシステム変更を提案する。しかし学生たちの反応は、継続してきた戦い方を変化させるとあって今ひとつだったという。それでも最終的には「次の試合に向けて働き掛けていこう」と合致できた。
苦しみながら1部残留を決めた2019年シーズンから学んだことは数多くある。4年生がリーダーシップを発揮して、課題をあぶり出して早めにつぶしてきたのもその一つだ。それは学生側からのアプローチだけでなく、外池らコーチングスタッフからも。2019年は主体性という名のもとに敢えて見守ったところがあったものの、「日本をリードする存在になる」という部のビジョンに基づいて外池らからも提案するようにした。
これは学生側も求めていたこと。袋小路に入ったら主体性も止まってしまう。スタッフからの良い提案があれば、詰まっていたものを取り除くことにもつながる。正念場でのシステム変更を、疑わずにやり切る。ここからパワーが生まれるはずだと外池は考えた。
「全体をコンパクトにして、相手の2人のセンターバックがボールを持ったら(センターフォワードに入る)2人がしっかりプレッシャーを掛けられるように。後ろはリスクが出てきますけど、しっかりスライドして対処できるように落とし込んでいきました」
戦術が変更になれば、メンバーも入れ替わりのタイミングとなりやすい。出番が少なかった部員にもチャンスだと思わせることで活気も生まれていく。2019年と比べても、多くの学生が試合に絡んでいるのが2020年シーズンの特徴。試合に出られなかった選手が活躍して大勝した9月の国士館戦が好例である。
「練習で落とし込む際には、学生たちが納得しやすいように総論にしないで各論にしました。ディフェンスの追い方でも『この追い方が試合の方向性を決めるぞ』と声を掛けると、これをしっかりできれば試合に出る可能性があるんだなって選手も思ってくれる。そういうことを丁寧に一つひとつやったつもりです」
11月29日、勝負の中央大学戦。
開始1分に先制し、ボールをつなごうとする相手の組み立てに対して前線からのしつこいプレスがはまっていく。走って守って、攻撃で襲い掛かる。3-1と快勝して優勝戦線に踏みとどまるとともに、新たなパワーを呼び込むことにも成功した。
「2トップは機動力のある選手を起用して、ボールを奪った後の推進力を全体に生み出すことができました。特に前半は素晴らしかった。ベストマッチと言っていいくらいの内容でした」
長いシーズンにおいて課題が出てくるのは、言わば当たり前。大事なのは、いかにして対処していくかだ。就任1、2年目までは、課題をつぶせずに部員たちの姿勢に疑問をぶつけたこともあった。キャプテンに厳しい言葉を向けたこともあった。
しかし2020年シーズンは、そういったことがなかった。前年の苦しみを現4年生がナマで見てきたこと、感じたことが大きな背景にあるとはいえ、外池の思考やマネジメントが部に浸透してきたことも理由にはある。
主体性を促すア式蹴球部にはいろんな学生が集まっている。試合のスカウティングを専門とする分析班、1人いればいいくらいだった学生トレーナーも今では3人に増えた。また、「ここで映像のコンテンツをつくりたい」と映像担当に名乗りを挙げて、練習やミーティングなど活動を映像に収める学生もいる。「日本をリードする存在になる」というビジョンは、何も競技をする学生たちだけに響いているわけではない。己の個性ややりたいことを活かそうとする学生もこの部に集まってきているのだ。
組織全体に、活力を。
トップチームには絡めない部員たちにも出場機会を与えていくために、外池の発案によって早大ア式蹴球部FCを編成して東京都社会人リーグ1部にも参戦している。ただ単に出場機会を与えることが目的ではない。
外池は言う。
「東京都社会人リーグって、対戦相手に部のOBがいっぱいいるんです。社会人の先輩たちと交流することで、自分の将来を考えるヒントにもなります。サッカーを生涯スポーツにすることだってできる。試合をやりながら学んでほしいなという思いがあります」
コーチングスタッフには徳島ヴォルティスの前身である大塚製薬サッカー部などでプレーし、大阪学院大学でコーチ歴もある部OBの上赤坂佳孝が加わった。学生の指導に慣れ、ピッチにボリュームを置くコーチが増えたことで、外池はより全体のマネジメントに目を向けることができるようになっている。
1月6日から始まった全国大会「#atarimaeni CUP」をもってア式蹴球部の2020年シーズンは終了する。
前評判が高くないなかでも、コロナ禍を乗り切ってリーグ戦準優勝にこぎつけた意義は大きく、ア式蹴球部の新たな財産になったことは言うまでもあるまい。
「コロナ禍のなか、日本のサッカー界だって危機を迎えています。ただ単にア式蹴球部でサッカーをやるだけじゃなくて、社会の担い手であることの意識を強く持ってほしい。業界全体を良くするために、自分はどういうことをしていくべきかを考えてもらいたい。日本サッカー界も、そういう人材を今、求めていると思いますから。もちろん僕もまだまだやっていかなきゃいけないですけど」
活気ある練習を見つめながら、外池の声に力がこもる。
2021年、外池ワセダはまた新たなドラマを見せてくれるはずである。
カレッジウォーズ2021 終
2021年1月公開