彼と最初に会ったのは、今年の1月のこと。
私がプロデューサーとして手掛けていたスニーカーのイベントへ、以前『同球生』というSPOALの記事で取材した大崎電気ハンドボール部の森淳選手と一緒に遊びに来てくれた時だ。
「類は友を呼ぶ」とは良く言ったもので、ファッション・スニーカー好きのアスリートである森選手の周りには、同じような友人が多いのだとか。実はこのイベントは1週間だったのだが、なんと森選手はその間に多くの友人を連れて何回も来てくれた。
こうして初めて出会ったのが、信太弘樹(しだひろき)選手だった。
森選手と同じ大崎電気ハンドボールに所属する、現役バリバリの日本代表選手。190cm近い身長で存在感がすごく、賑わうイベント会場の中でも一際視線を集めていた。
そんな信太選手と話していたら、ここ最近スニーカーに興味を持ち始めたのだそうだ。知らないことが多く、もっとスニーカーの世界に触れたいのだという。そう聞いてわたしがパッと浮かんだのが、”学校”だった。
知らないことを、知る。
見たことがないものを、見る。
やったことがないことを、する。
最高の先生と、最高の校舎の見当はついており、相談したところ二つ返事でOKが!
そして当日を迎えたーー
緊張の初登校、そして先生との出会い。
待ち合わせ場所に向かうと、既に信太選手がいた。黒のクルーネックスウェットにデニムパンツというファッションである。今日はスニーカーの学校、決して服を目立たせることなくシンプルな配色をチョイスするそのセンスが心憎い。
通学路を歩くこと5-6分で校舎に到着すると、既に先生が”準備”をして待っていた。
「うわ、すご…」
と信太選手が声を漏らすのも無理はない。先生は、いきなりとんでもないレア物のスニーカーを持っていた。アウトソール(靴裏)が汚れないようフィルムを足型に合わせて貼っており、これも今日の授業の準備なのだそう。既に期待が高まってきた。
今日の先生は、スニーカー愛好家の宅万勇太さん。
2018年に「NIKE ON AIR」というナイキが世界6都市(東京、上海、ソウル、パリ、ロンドン、ニューヨーク)で開いたワークショップに参加し、自分がデザインしたシューズを応募。トータル数千種類にも及ぶ中から世界投票で見事東京代表に選ばれ、2019年に全世界で自分のデザインしたスニーカー「AIR MAX 1 OA YT “TOKYO MAZE”」が発売されたという凄まじい実績の持ち主だ。
ちなみにこのスニーカーの名称にある「YT」は、本名Yuta Takumanの略称。ナイキの過去の歴史上で、このように自分の名前入りのスニーカーが発売された日本人は、私の知る限り野茂英雄と宅万さんだけである。当然ファッション・スニーカー界隈では超有名人であり、最近スニーカーに詳しくなった信太選手もその存在をもちろん知っていた。
さらに宅万さんを語る上で欠かせないのは、自宅のスニーカーコレクション。『GQ JAPAN』の企画ではスニーカー好きのお笑い芸人アントニーさんが訪れ、スニーカーショップ「atmos」のYouTubeチャンネルでも取材が来ているほどの凄さなのだ。まさに今日の”教室”としてはうってつけである。
いざ、1時間目の始業!
宅万先生、実はハンドボール日本代表の信太弘樹選手が最近スニーカーに興味を持ち始めているようなんです。そこで今日は、先生に是非もっとスニーカーが好きになるような授業をいただけないかと思ってお伺いしました。
宅万:「先生って(笑) でも普段なかなか話す機会のないアスリートの方なので、すごくこちらも楽しみです」
信太:「よろしくお願いします!(笑)」
まず、この圧巻のスニーカーコレクションルームについて触れさせてください。これは本当にすごいですね、一体何足くらいあるんですか?
宅万:「今どれくらいだろう…ちゃんと数えてはいないけど、多分160足くらいはあるんじゃないでしょうか。この部屋だけじゃなくて、通路の収納にも入れてるので」
信太:「いや、ヤバいです。本当に。見たことないモデルも多くて、すごいですね」
その数はすごいです…これだけスニーカーがたくさんあったら、聞いてみたいこともたくさん出てきそうですね。
信太:「僕エア・ジョーダン1(NIKE AIR JORDAN1)は履いたことないので、色々知りたいです」
宅万:「えっ、そうなんですか!?持ってるのかと思いました」
信太:「いえ、本当に持ってないんです(笑)」
確かにちょっと意外ですね!ちなみに宅万さんのコレクションの中でエア・ジョーダン1は何足くらいあるんでしょうか?
宅万:「だいたい35足くらいですかね。ちょうど(コレクションの)棚の二段を全部使って飾ってます」
信太:「あっ、僕が今一番欲しいなと思っているモデルがありました」
宅万さん所有のAIR JORDAN 1 “HOMAGE TO HOME”
これはまたすごいデザインですね!中と外で色が違う。コーディネートするのが楽しそうな一足です。
宅万:「これはとてもいいですよね。エア・ジョーダン1の人気モデルの配色をかけ合わせたものです。内側が”CHICAGO”カラー(赤×白)、外側が”BRED”カラー(赤×黒)という組み合わせなんです。革の質もいいんですよ」
信太:「やっぱりカッコいいです。はじめは、エア・ジョーダン1を欲しいなと思ってネットを見ているときに見つけて。その時から一番カッコいいなと思ってました」
宅万:「コレ最初に見た時は衝撃でしたね。こんなのやっちゃうんだ、って思いました。だってジョーダン1の2大カラーを割っちゃうっていうね(笑) 実はこれ、地味に紐が普通のエア・ジョーダン1と違うんですよ」
信太:「えっ!?そうなんですか!」
宅万:「触ってみるとわかるんですが、紐が表裏一体じゃなくて中が空洞になっているんですよ。細かなところまでこだわりを持って作ってありますね。ちょっといつもよりも作りが固いので、ハーフサイズアップで履いても良いと思います」
すごい、これは私も初めて知りました!こうしてみると、エア・ジョーダン1の人気カラーには赤が多いんですね。2大カラーもいずれも入ってますし。
宅万:「ウチには、奥さんの分も入れて10足以上は赤系のモデルがあります。信太さんが欲しいと言っているモデルの元デザインもありますよ。(棚から取り出しながら)これは94年の”BRED”(赤×黒)で、こっちも同じ94年の”CHICAGO”(赤×白)ですね」
信太:「えーっ!94年って…今からもう26年くらい前のものも持ってるんですか!すごいですね」
元デザインと左右で並べるという贅沢極まりない一枚
こんな昔のスニーカーも見ることができるなんて、僕も感動してます。これはどうやって購入されたんですか?すごく高そうな気がします…
宅万:「いやいや、全然そんなことないですよ。たしかヤフオクで1万円くらいで買いました(笑) 今はエア・ジョーダン1ってすごい人気なんですけど、2-3年くらい前ってそこまでじゃなかったんです。だから古いモデルも買いやすかったんですよね」
授業は開始早々から熱気を帯びてきた。欲しいモデルや、見たことのないモデル、オリジナルの古いモデルなど、ありとあらゆるものがすぐ後ろからパッと出てくるこの光景は筆舌に尽くし難い。まさにエア・ジョーダン1の四次元ポケットのような空間だ。
そんな先生に導かれ、一つ一つのモデルを手にとっては食い入るように見つめる信太選手。まだまだ授業ははじまったばかりである。
2020年4月掲載