試合1カ月前からのラーメン断ちは、現役最後まで続いた。
ラーメンに加えて揚げ物や刺身などのナマモノも禁止に。コーラも、そのリストに入れるようになった。一方で麺類といってもうどんやパスタは制限しない。大好きなものを制限することに意味があるのだ。
試合が終わったら当然、解禁になる。2012年11月、杜の都・仙台でトマス・ロハスを左ストレートで仕留めて2度目の防衛を飾った夜は「牛タン祭り」だったが、3度目の防衛戦以降は試合後、妻・沙也乃さんと一緒に「真夜中ラーメン」で解禁するのが新たなルーティンになった。
「息子・豪佑が生まれたのが2012年10月で、3度目の防衛戦に勝ってはじめてリングに上げたんです。試合前に都内のホテルに入って調整するようになって、妻とも離れるわけじゃないですか。試合が終わって、お腹も空いているし、子供は妻の両親が見てくれているので、しゃべりたいこともいっぱいあるからラーメン食べながら、話そうか、と、そんな感じで、試合後にホテルに戻ってから2人でいくようになったんです」
どこか食べたいラーメンを特に決めているのではない、という。試合を終えてみてのフィーリングを大切にする。
試合は決まって夜。防衛を果たせばテレビ出演などもあって、時計の針が深夜0時を回ることもしばしば。ホテルからタクシーでいける距離のラーメン店を見つけて、一般のお客さんと同じように入店して、久しぶりのラーメンを堪能する。その一杯がたまらなく、美味しいと感じた。
山中には、食べ方の流儀がある。
スープを2回すすって深く味わってから、麺をズズズっと引き上げていく。空気に触れる時間を短く、口の中に吸い込んでいくことでスープに絡む麺とのマッチングを楽しむことができるそうだ。
「普段、妻と2人でラーメン行くことなんかないので、僕らにとっては大切な時間ではありました。試合の話をしたり、僕のいないときの子供の様子を聞いたりとか、妻も僕に試合のダメージがないか心配なのでラーメンを食べながら様子をうかがってきたり……。長女の理莉乃が生まれても、試合が終われば決まってラーメン。味がどうだったかって、このときは二の次で。いい試合だったらおいしかったように感じたし、試合が今ひとつだったら味もなんだかパッとしないし。もちろん別の日に食べたら美味しく感じるんでしょうけど」
忘れられないのが2015年9月、東京・大田区総合体育館での元WBA世界バンタム級王者アンセルモ・モレノ(パナマ)との〝バンタム最強決戦〟第1戦だ。必殺の左ストレートを封じられながらも、2-1判定で接戦をものにした。
2人で選んだのが都内のこってり系豚骨ラーメンの名店。しかしなかなか箸が進んでいかなかった。美味しいはずのスープも何故だか味気なく感じてしまう。
「あのときは疲れも溜まっていて、ラーメンを目の前にしても心が弾まないというか、気持ち的に重い感じで。まあ、妻は元気で全部食べてましたけど(笑)。試合内容のことも関係していると思います」
自然と口数も少なくなった。妻が元気に食べている光景に、励まされる思いがした。深夜のラーメンを、無理して食べてくれているのは分かっていた。心のなかで、ありがとうと言った。
その1年後の2016年9月、舞台を大阪に移してのモレノとの対戦。ダウンの応酬の末に、7回TKO勝ちを収めた。もちろん試合後はラーメンだ。
実は、このときばかりは店を決めていた。姫路濃厚とんこつラーメンで評判の店。2015年4月に対戦したディエゴ・サンティリアン(アルゼンチン)との8度目の防衛戦は7回KO勝ちを収めたものの、試合内容に納得がいかなかった。試合後にここで食べたものが、今ひとつ味を覚えられていなかった。
「絶対、好きな味なのに、記憶に残っていないって寂しいじゃないですか。サンティリアンに勝ったとはいえ、なんか試合をやり切った感覚がなくて……」
気持ち良く勝って、美味しく食べたい。
出された濃厚のラーメンは、スープも麺も最高だった。最初の試合でモレノにまったく当たらなかった左ストレートを何度も浴びせての勝利。妻と一緒に、「これおいしい」とお互いに笑顔を向け合った。
「気持ち良く終わって、スープのうまみが体全体にしみわたっていく感じでしたね。好きなものを制限することで、やっぱり精神的に強くなる。我慢して、最高の結果を残して食べるのがたまらない。ラーメンだけじゃないですよ。試合が終わったら必ず、コンビニの『からあげくんレッド』を食べる。あとコーラですね。飲み物で一番好き。そしてラーメン。このために頑張れましたよ、本当に」
3度目の防衛戦からずっと続いていた、試合後のラーメン。
しかしたった一度だけ、ラーメンを食べることができなかった日があった。