AIやロボットが進化 いまこそスポーツの出番だ
2019年に日本代表のスタッフ入りした鈴木であるが、もともと日本代表選手やトップ選手を育てるのが目的ではなかった。スポーツを通じて主体性や自分で考える力、リーダーシップを養ってほしいという思いでバスケットボールの指導を続けてきた。鈴木はかつてこう言ったことがある。
近藤俊哉
「僕らのライバルはディズニーランドやテレビゲームなんです。同じお金を払うならスポーツにお金を払って多くのことを身につけませんかと」
その思いはいま、時代の流れ、社会の変化を受けて一層強くなっている。
「AIやロボットが進化してくると『言われたことはちゃんとやります』は、AIやロボットがやってしまう時代がくると思います。そうなると『言われたことをちゃんとやります』という子どもを育てても、その子が社会に出て、活躍できるわけがない。
なら、AIやロボットにはできない、人間らしさとはどういうことか。この人に言われたらすごくやる気が出るとか、この人となら一緒に仕事がしたいとか。そういう共感とか影響力みたいなものってAIやロボットには難しいと思うんです。
そういった感情的な側面、EQ(こころの知能指数)と言われるような、人間力とも言えるもの、それを学びやすいのがスポーツだと。そういうことを強く言っていかなければいけないと思っているんです」
このような考え方はビジネスの世界でも大いに指摘されていることだという。鈴木が最近読んだ『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』(光文社新書、山口周著)という本を紹介しよう。
クラフトからサイエンス、そしてアートへ
それによれば、物事はクラフトとサイエンスとアートでバランスがとれる。クラフトとは経験や実績に基づく知見のこと。ビジネスの世界ではかつて、グレイヘアコンサルタントと呼ばれる経験豊かな人たちが、経験則にのっとって経験のない若い人たちにビジネスを伝授し、問題を解決するという方法が主流だった。
サイエンスは科学。MBA(経営学修士)などを修めた人が、情報を的確に分析し、論理的に正しい方法を選択して意思決定する。時代がめまぐるしく変化し、クラフトによる解決法が通用しなくなると、サイエンスが重宝されるようになった。しかし、サイエンスは突き詰めると同じ答えになりがちだから、ビジネス的には差異が出にくい。
アートは自らの美意識に基づく感覚で、直感とか感性と言い換えることができる。今、ビジネスの世界ではクラフト、サイエンスをへてアートがより重要視される時代になってきているのだという。これはバスケットボールも同じではないか。鈴木はそう思った。
「日本のバスケットボールはまさしくクラフトの世界でした。全国大会で優勝したチームの監督の経験則が重宝されてきた。ERUTLUC(エルトラック)はチャンピオンシップを取ったことはありませんが、シュートをはじめさまざまな技術の理論を突き詰め、みんなが経験的にやってきたことを整理して論理的に提示しました。それが時代に受け入れられた要因だったと思います。でも、これからは単に理論的なだけでは指導者の価値は高まらない。ビジョンとか、人間力とか、アートのような部分の占める割合が高まっていく。いま、そういうタイミングになってきたと思っています」
近藤俊哉
ビジネスの潮流と照らし合わせても、時代に必要とされる人材育成という観点からも、これからのスポーツ指導は答えを与え、それを覚えさせるのではなく、課題を与え、自ら考える力を養わなければならない。それはワールドカップを見れば分かるように、結局はトップ選手を育成することにもつながっている。だからこうしたメッセージは、スポーツを主に教育と捉える人にも、NBAや日本代表選手を育てたいと思っている人にも、届けられるのではないだろうか。
バスケットボールの家庭教師を名乗って18年がたった。
指導者になって最初の10年、バスケットボールをやっている子がさらにうまくなるようにと考え指導を続けた。次の10年はスポーツをやったことのない子どもたちがバスケを楽しめるように考えた。そして数年後にやってくる新しい10年は、バスケットという競技を超えて、いろいろなスポーツの現場と手をつないでいこうと計画している。
「食事や栄養の話、スポーツパフォーマンスといって身体をどう使うかという話は、バスケットに限らず、すべてのスポーツに共通してきます。そういう指導者を育成できれば、他の競技の選手も指導できますし、他の競技の指導者ともネットワークができます。そうして競技を超えた活動になれば、それは相乗効果的な環境作りになってまたそれぞれの種目に活きていく。ERUTLUCはバスケットボールだけにとどまる気はもともとありません。次の10年に向けて、準備を進めているところです」
バスケットボールの家庭教師は進化し続ける。スポーツのちからを信じながら。
バスケットボールの家庭教師 終
2020年4月掲載