“アミューズメントパーク”東京競馬場
東京都狛江市で物心つくころから高校生まで過ごし、高校を卒業前に多摩川を渡って川沿いの川崎市多摩区中野島に移り住んだ。私にとって大きな川といえば多摩川。中学校のマラソン大会は多摩川の河川敷だったし、小中学校のときは狛江・多摩川花火大会を毎年見に行ったものだった。
さて、この母なる川にスポーツゆかりの地はあるのだろうか?
多摩川は山梨県笠取山を源流とする全長138㎞の一級河川ということなのだが、そんな上流まで足を伸ばすわけにはいかない。桜の散り始めた3月末日、散歩の“相棒”近藤カメラマンと最初に向かった先は多摩川の中流域に位置する東京都府中市。日本中央競馬会(JRA)の主力競馬場である東京競馬場だった。
今年の皐月賞は4月18日、中山競馬場だ
京王線府中競馬正門前駅から専用歩道橋を渡ればすぐに正門。JR南武線・武蔵野線の府中本町駅からは専用歩道橋を5分ほど歩くことになるが、壁には歴代の名馬たちの写真やさまざまな解説がズラリと並び、歩けば自ずとレースへの気分は高まっていく。
この競馬場の歴史を少しだけ紹介させてほしい。
東京競馬場はそもそも1907年(明治40年)に開設された目黒競馬場が前身だ。その後、競馬人気の高まりもあって目黒が手狭になり、当時の府中町が誘致に力を入れ、1933年(昭和8年)に現在の場所に東京競馬場が誕生した。敷地面積は目黒競馬場の4倍になったそうだ(一般社団法人東京馬主協会による)。
その後、東京競馬場はいくつもの改修・増築をへて、ドドッと時代が進んだ昭和から平成にかけて空前の競馬ブームを迎える。1990年5月27日、武豊騎乗のオグリキャップが優勝した日本ダービーでは、史上最高の19万6517人が東京競馬場を埋め尽くしたという。
駅から正門に向かって坂道を下る。桜が満開だった
ちなみに競馬場といえば、「馬券を握って目を血眼にしてレースを見る」というイメージがあるかもしれないが、それだけではない。近年の私にとって東京競馬場(というよりも地元では府中競馬場と呼ぶ)は“子どもを連れて遊びに行くところ”という位置づけだ。
馬場内連絡通路を通って円周のコースの中にたどり着くと、そこには子どもが遊べる遊具があり、ちょっとしたミニ遊園地になっている。エアー遊具のふわふわ、ミニ新幹線は人気で、これがすべて無料というのがすごいところ。さすがJRA、太っ腹である。東京競馬場はお父さんが競馬を楽しみ、子どもたちが思い切り遊べるアミューズメントパークなのだ。
残念ながらこの日はレース開催日ではなく、おそらく新型コロナの影響もあり、がっちり門は閉ざされていて中には入れなかった。私たちはサラブレッドが土煙を上げて疾走する姿と子どもたちが楽しく遊んでいる姿を想像しながら、東京競馬場をあとにした。
残念ながらこの日の東京競馬場はお休み!
ボートレース多摩川でボートを初体験
さあ、次の目的地に足を進めよう。府中競馬正門前駅から京王線に乗る。2両編成の車内には私たちを含めて乗客が3人。春の昼下がり、のどかなのがとてもいい。東府中駅で新宿方面の各駅停車に乗り換えて2つ目。武蔵野台駅で電車を降り、駅前に停まっていた府中市のコミュニティーバス「ちゅうバス」に乗り換える。町中をぐるぐると回って下車した停留所は競艇場前駅南口だ。
バスを下りて駅の階段を登るといきなり「ブオ~ン」と大きい音が聞こえてきた。えっ、ボートの音ってこんなに外まで聞こえてくるの? そう、ここは府中市のボートレース多摩川、競艇場である。実は私も近藤カメラマンも競艇は初体験。この音、近所の人たちは平気なの? チラッとそんな思いもよぎったけど、みなさん長く競艇場とともに暮らしているのだ。日常として自然に受け入れられているのだろう。
競艇場前駅はJR中央線の武蔵境駅から南に下り最後は多摩川沿いを走る西武多摩川線の駅で終点の是政駅の一つ前になる。以前「しぶさんぽseason2」でチラリと登場した西武多摩川線は住宅地を縫うように走る単線でなかなか味わい深い。この競艇場前駅から専用通路を通ってボートレース多摩川に乗り込んだ。
競艇場前駅からいざボートレース多摩川へ
こちらは偉容を誇った立派な東京競馬場(メインスタンドは9階建て!)とは違い、とても庶民的な雰囲気だ。平日の昼間ということで閑散としながらも、それなりにレースを楽しんでいるお客さんがいる。「いったいこの人たちは普段、何をしているのだろう…」なんて野暮なことは考えてはいけない。そもそも「お前だって昼から競艇場に来てるじゃないか!」と突っ込まれるのがオチだ。
お上りさんの私たちは少しおっかなびっくりという感じで競艇場に足を踏み入れた。舟券売り場から中に入って見ると、大きな池(レース場だ)が目の前に現れた。ブオ~ン、ブオ~ン。おおおっ!これが競艇か! その雰囲気に少し飲み込まれながらも、非日常の空間を味わう私たち。
いや、飲み込まれている場合ではない。ここを訪れたのは建物を眺めるためではなく、舟券を買ってレースを楽しむことである。もし大金を獲得すれば、勝負師としていきなり目覚め、生活が一変するなんてことも…。
なんだかよく分からない妄想をしながら、オッズが並ぶモニターを凝視し、今後の人生を決めるかもしれない大一番に向け、薄っぺらい財布を尻ポケットから取り出したのだった。
2021年4月公開