年の瀬、東伏見にある早稲田大学の東伏見グラウンドは活気に満ちていた。
10日前、関東大学サッカーリーグ1部最終節で早稲田大学ア式蹴球部は法政大学と対戦して0-2で敗れ、翌日に試合を控える首位・明治大学に待ったを掛けられずに2位で終えた。絶対に勝たなければならないというプレッシャーからか自分たちのペースで試合を進められず、前半の終了間際には2年生の丹羽匠がレッドカードで退場となってしまう。後半に入って盛り返しながらも、結局はゴールにたどり着かなかった。
2020年度はコロナ禍の影響で中止になった総理大臣杯、インカレの代わりの全国大会「#atarimaeni CUP サッカーができる当たり前に、ありがとう!」が年明けに開催される。正月返上でトレーニングを続けているなか、最終節のショックはまったくと言っていいほど引きずっていない様子だった。
予想していた重いムードとは正反対。学生は気持ちの切り替えが早い。
就任3年目にとなる元Jリーガー、元電通マン、そして現在はスカパーJSATグループ社員に勤務する外池大亮監督にそんな感想を伝えると、「ここにもちょっとしたドラマがあったんです」と教えてくれた。
「2年生の丹羽は報復(行為)と判断されて退場になったわけですけど、あのあと〝お前どうして〟みたいな雰囲気になってもおかしくないじゃないですか。でも逆に4年生のほうが〝ちゃんと2年生に向き合えていたのか〟〝もっと2年生にも向き合うべきだったんじゃないか〟と重く受け止めて、チームの課題に対してみんなで取り組んでいるんです。だから練習も凄くいい雰囲気でやれていますよ」
ここには伏線があった。2年生部員は自分たちの出身地で行なわれる成人式への出席を希望していた。そうなるとチームを離れ、コロナ対策の観点から年度内最後の公式戦に出られなくなる。「裁量は学生に預ける」が外池の基本方針。結局、成人式参加は認められるが、4年生の〝もっと向き合うべき〟というのは、この案件についてチームとしてもっと深く関わって考えていく必要があったんじゃなかったか、という反省も踏まえてのことだった。
一つ課題が出てくれば、それを糧にしてチームを成長させようとする。それが2020年のワセダであった。昨シーズンは残留争いに身を置き、今シーズンも優勝候補ではなかった。突出したタレントがいないなか、総合力と団結力でたどり着いた「2位」に外池は価値を感じている。
「コロナ禍の過酷なリーグで、常に自分たちをリカバリーさせながら2位という結果は戦力的な面を考慮しても良くやったんじゃないかと思いますよ。それでも学生たちは優勝の目標を公言していましたし、〝もっとやれたはずです〟という評価なんです」
居残りで練習する部員たちを頼もしそうな目で見つめる。
「ほら、見てください。女子マネージャーが男子部員と一緒に走ったり、一人ひとり本当の意味での主体性が今のチームにはあるんじゃないかって思うんです。それもこれもやっぱり新型コロナウイルスのことが大きかった。僕たちからすれば、できなかったことよりもできたことのほうは多かった。それによってア式蹴球部は凄く伸びたなって感じます」
できないことよりも、できることを--。
春先、新型コロナウイルス感染拡大の影響は当然ながら大学サッカーにも及んだ。日本政府から緊急事態宣言が発出され、部の活動自体もストップになった。不要不急の外出は自粛となり、グラウンドも使えない。部員も寮に残る者、実家に戻る者、寮外で一人暮らしする者で分かれ、全体で何かをすることが難しくなった。
外池はそんな部員に呼び掛けた。
「オンザピッチができないなら、今こそオフザピッチを極めよう」
ならば、できることって何だろう。
週に1度、オンラインで約100人の全部員がつながって自宅でできるトレーニングを行ない、4年、3年、2年、1年の縦割りでいくつものグループを形成して日々、健康管理と行動管理を図ることにした。ここではディスカッションもやっている。「最強チームの条件」などテーマを決めて、そこには社会人のコーチングスタッフも加わっている。
週に1度は全体ミーティングをオンライン上で開催した。
外池も当然ながら学生たちとの接触はオンラインに限られる。取り組みを把握しつつ、どんなことをやっていけばいいか学生からアイデアを募りつつ、「自分は監督として何をやっていくべきか」を考えた。
その答えが手紙だった。
「情報が溢れている現代社会のなかで、みんなの心に届くやり方って何かなと考えたら、手紙がいいかなと。毎週のように送って、問題提起と言いますか、全体ミーティングの一つのテーマになるように。ただ、自分の考えを整理したり、手紙を書くことによって振り返ったりできるので僕にとっても凄くいい時間になりました」
どのような手紙を部員に送ったのか。
その一つを紹介したい。日付は5月5日、タイトルは「緊急事態宣言延長・個からチームへ」。一部を抜粋する。
≪昨日、緊急事態宣言が延長され、現状5月末までが自粛期間となりました。
そして、世の中的なフェーズは「コロナとの闘い」から「コロナとの共生」。生命を脅かすものに対しての認識を進展させるとともに、最大限の注意を払いながらも、勇気をもって、我々としての新しい生活の営み(経済活動)を生み出していくことになります。
それは我々自身が、生きていく社会や未来をどのように生み出せるかということ。ア式蹴球部が掲げる「日本をリードする存在になる」というビジョンは、サッカーという競技だけでなく、学生という本分からサッカー全体の捉え方含め、社会と向き合うことであり、まさに今こそ、個人としてもチームとしても生活をかけてそこに挑戦する機会なのです≫
≪先週全体ミーティングで共有した「個からチームへ」という動き出しに対する理解とアクションが、この一週間の活動にも、今回のミーティングでも、確実に発信共有されました。今だからこそ学び、成長できる取り組みに挑戦していくと共に、グループディスカッションで考察したピッチ内外での最強チーム要素は、我々自身の在り方の可能性になり、またその思考は更なる個人の成長やチームの発展に結びつくものです。強さ故の脆さへのリスク管理も疎かにすることなく、ここからの生活を含む活動に結び付け、着実に営んでいきましょう≫
外池はオフザピッチの取り組みを評価しつつ、その意義を説くことによって部員たちに次なる行動を促していく。その狙いが、ハマることになる。
2021年1月公開