「アフターマッチカレー」は、サッカー日本代表の定番だ。その名のとおり、試合が終わって宿舎に戻った際に用意される。
この風習は1998年のフランスワールドカップ以前から続いている。中田英寿が試合当日の軽食にカレーを要望したことが始まりとされ、時間を経て「試合前」から「試合後」に変更されたそうである。つまり西が専属シェフになる前から定番だった。
西のカレーは、彼いわく「意識しているとするなら家庭的な味。特徴というわけではないですけど、野菜がゴロゴロしています」。
疲れた筋肉を修復するためには炭水化物が効果的とされる。カレーにすることで食べやすくし、栄養を考えて野菜を多く入れている。
勝った日はにぎやかになるが、負けた日はその逆になる。
あの日の記憶は今も新鮮なままにある。2010年6月29日、南アフリカワールドカップ決勝トーナメント1回戦、パラグアイ戦。PK戦の末に敗れ、選手たちはホテルに戻ってきた。PKを失敗してしまった駒野友一が、大好きなはずのカレーを目の前にしてもスプーンを口まで運べなかった姿を西は目にしている。
もちろん誰も駒野を責めてはいない。だが駒野自身が自分を責めていた。チーム全員が、痛みを共有しているように西の目には映った。
「試合後にホテルに戻って岡田(武史)監督のあいさつがあって、中澤(佑二)選手が『最後の食事が終わるまで、ワールドカップは終わらないよ』と言っていたのがとても印象的でした。メニューは恒例のカレーに、魚料理2品、ステーキに豚のしょうが焼き。駒野選手には声をかけづらい雰囲気ではありましたけど、みんなが痛みを分かちあっていたような、そんな感じでした」
日本で西さんを取材した際、カレーをごちそうになりました。おいしい!
カレーのルーも大事だが、ホッカホカのご飯も大事。
西にはちょっとした失敗談がある。
ブラジルで開催された2013年のコンフェデレーションズカップ。第2戦のイタリア戦がレシフェで行なわれ、健闘しながらも3-4と敗北。カレーを用意してホテルで待っていたのだが、青ざめることになる。
炊飯器のコンセントが、抜けていたのだ。
「思わず〝うわっ〟と大声が出てしまいました。チームバスが到着する20分前ですからね」
これからスイッチを入れても間に合わない。西は大きな鍋を用意。蓋が見つからなかったため、もう一つの鍋を蓋代わりにした。水炊きでは間に合わないと考え、お湯炊きに。知恵を振り絞って、何とか間に合わせている。
「選手たちには気づかれていないと思います。カレーがあってもご飯がないってシャレにもなりませんからね。あのときは焦ったなあ(笑)」
「やばい」と思うたび、「何とかしてみせる」とスイッチが入ってしまうあたりが何とも西らしい。
これ以降、炊飯器を使わずに鍋炊きにすることもたびたびあったとか。こっちのほうが「ふっくらしておいしかったから」。単なるハプニングとしないところも彼ならではだ。
近年の定番になりつつあるのが、特製ハンバーグ。2018年のロシアワールドカップでも大好評だった。
きっかけは2011年1月に開催されたリオオリンピック最終予選を兼ねたU-23アジア選手権。日本は優勝を遂げてリオオリンピック出場権を手にした。通常、代表専属シェフはA代表の遠征に帯同する。このときはU-23代表を率いる手倉森誠監督の強い要望があってドーハに赴くことができた。西は2011年のアジアカップを含めて、同地での調理に慣れているところも大きかった。
「試合前日にハンバーグを出してもらっていいですか?」
西が決めたのではなく、手倉森が頼んできた。勝利に結びついたことで続くようになり、結局は最後まで。決勝戦前日は大好評の餃子も加えている。一見、脂っこい食事のように思えるが、西は工夫を加えている。
「ハンバーグは牛ヒレ100%で、玉ねぎ、パン粉、牛乳でつくります。ソースも玉ねぎを炒めたもの。テーブルから『おいしい~』と聞こえてきたときは、うれしかったですね。餃子もわずかな油しか使いませんし、ヘルシーにしました」
愛情を持って肉をこねた。肉をミンチにする機械が壊れてしまうハプニングがあったものの、海外ではよくあること。時間を掛けて、つくり上げればいいだけだ。愛情たっぷりのハンバーグが、彼らの活力になった。
カレーも、ハンバーグもあくまで家庭の味に。
高級レストランじゃない。リラックスさせ、和気あいあいとコミュニケーションを取りながら食事ができるように。重圧と戦う選手たちがホッと一息つけるように。そんな願いが込められているのかもしれない。
西はこれからも代表専属シェフを続けていくつもりだ。体力が持つ限り、精いっぱいやりたいとの思いは変わらない。
愛情と情熱を目いっぱいに。
だから西芳照の料理は、愛される。
西メシ! 終
2020年5月公開