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SPOALの本棚『怪物に出会った日』VOL.1

二宮 本日はよろしくお願いいたします。井上尚弥選手に敗れた相手のストーリーを描きつつ、尚弥選手の強さに迫る「怪物に出会った日」(講談社)。著者で東京新聞運動部記者の森合正範さんをお招きして、私、二宮と、同じくSPOAL編集者でスポーツライターの渋谷淳と3人で語っていきたいと思います。

渋谷 凄い反響ですよね。発売前に重刷が決まっていましたし、尚弥選手本人からもSNSで反応があったくらい。今、何刷になったんですか?

森合 おかげさまで5刷(2024年1月時点)いきました。4万部ですね。

渋谷 凄い! まさに大ヒット!

二宮 そもそもなぜ尚弥選手に敗れた相手を訪ねていくという手法に至ったのでしょうか。

森合 尚弥選手の強さをうまく伝え切れていないなって、試合の記事を書くたびに思っていて、彼の強さを浮き彫りにするために始めた取材でした。最初から本にしたいとか、どこに(記事を)出すとかでもなくて、まずは聞いていくことにしよう、と。

二宮 試合を振り返りながらも基本的にはヒューマンストーリーに寄っていくスタイル。敗れた選手のストーリーを描きつつ、森合さんが言うように尚弥選手の強さが浮き上がってくるような感じを受けました。

森合 自分は「ボクシング」も好きですが「ボクサー」のほうに興味があるかもしれないですね。第一章に登場する佐野友樹さん(※2013年4月にデビュー3戦目の井上と対戦)から取材を始めたんですけど、彼から話を聞いてみて、これは世に伝えたいな、伝えないといけないなっていう思いがこみ上げてきました。

渋谷 ジムの会長、奥さんや友人まで多くの人に話を聞いていて、じっくり時間を掛けながら取材しているのが伝わってきました。

森合 渋谷さんも佐野さんにインタビューされていますよね?

渋谷 本のなかに「チャンピオンにもなっていない僕の話を聞いてくれてありがとうございました」とあって、彼が僕にも同じように言ってくれたことを思い出しました。確か2018年に森合さんがあるサイトで佐野さんの記事を書いたときに目のことには触れていなかった。でも本を読んだら……。

森合 そうなんです。最初は僕も白内障だと聞いていたんですが、取材を進めていくうちに実は網膜裂孔であわや網膜剥離だったと打ち明けてくれまして。

二宮 結局、佐野さんには何回インタビューしたんですか?

森合 2018年10月に初めて取材してからコロナ禍でもオンラインで話を聞いていましたから、ちゃんとインタビューという形で5、6回はありましたし、記事とか関係なくちょこちょこと話はしていました。本になることが決まる前に、佐野さんの第一章は書き終えていたんです。

二宮 第一章を読むと佐野さんとの信頼関係が構築されていく感じも伝わってきましたね。佐野さんに対する思い入れも。

森合 ボクサーを取材する御二人にも聞きたいんですけど、負けたボクサーを取材するって凄く気が重くないですか? 次の試合をするにあたって「この前の負けがどのように活かされているのか」みたいな聞き方はできるんですけど、単に負けたことだけを聞いて、それに加えて相手の強さを語ってもらうっていうのは心苦しい。

二宮 佐野さんの原稿、冒頭、インタビューでジムに向かう「足取りが重い」って書いていましたもんね。

渋谷 確かに難しいのは難しい。でもローマン・ゴンサレスと戦った高山勝成さんとか、ゲンナジー・ゴロフキンと戦った淵上誠さんとか、むしろ強い選手に全力で向かっていったことを誇りにしている印象だった。

二宮 インタビューもそうですけど、試合後の囲み取材も負けたボクサーに聞くのは本当に難しい。よく覚えているのが、2002年3月にセレス小林さんがアレクサンデル・ムニョスに5度倒されて世界王座を失ったときに「なぜそこまでして立ち上がったんですか?」と思わず聞いてしまったんですよ。そうしたら「勝ちたいからでしょ」って一言。自分で質問したのに、そりゃそうだよって思いましたよ。分かりきったことを聞いてしまったけど、僕の取材キャリアのなかでもズシリと重かった一言でしたね。

森合 試合後にこの雰囲気はとてもつらいなと思ったのは2回あります。1つは山中慎介さんがルイス・ネリに負けたダイレクトリマッチ(2018年3月)と、もう1つは長谷川穂積さんがフェルナンド・モンティエルに負けた試合(2010年4月)。長谷川さんは、ある記者が質問した途端に泣き出して……あのヒリヒリした空気は忘れられないです。

渋谷 やっぱり試合直後だと、どうしても気持ちの整理がつかないことってよくありますから。山中さんもネリに負けて13度目の防衛に失敗したときは、泣いて言葉にならなかったし。

二宮 ただ、試合からいくら月日が経とうが、負けた話を聞くのはやっぱり足が重くなりますよ。

森合 負けを消化している人もいれば、していない人もいる。ボクサーって凄く繊細で、デリケートな人たちだと思っているんですよ。だからどう傷ついているのかが分からない。そこはやっぱり難しかったかな。どう聞くべきか、自分のなかで葛藤は凄くありましたね。

二宮 負けても評価が上がったボクサーがいました。第二章で登場する元世界チャンピオンの田口良一さん。判定まで持ち込んだ数少ない一人です。

森合 尚弥選手がこれまで戦った相手でダウンしていないのは田口さんだけですからね。

渋谷 原稿のなかでワタナベジムの渡辺均会長が、凄くいい味を出しているんだよね。〝井上尚弥を避けて世界チャンピオンになったほうがいい〟みたいなやり取りが生々しくて。でもこれって、ボクサーのことを考えた親心。渡辺会長のキャラクターを知っているから、あの人なら言いそうだなって思いながら読みましたよ。

森合 第八章の河野公平さんのところでも渡辺会長は出てきます。渋谷さんが言ってくれたように、ボクシングを取材する人や関係者は渡辺会長のところが良かったって結構、言ってもらえます。マッチメークの裏話とか全部話してもらったことも含めて、渡辺会長にはとても感謝しています。

二宮 それではちょっと休憩を挟んで今度は渋谷さんに「一番、心に残った章」を聞きたいと思います。

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2024年2月公開

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