「ホテルの近くで日本人カメラマンが襲われました! これから警察対応に付き合うので、とりあえず皆さんで情報共有してください!!」
仲間のライターは要件だけを伝えると電話をきりました。このとき僕がいたのは南アフリカ中部の街、ブルームフォンテーンにあるフリーステイトスタジアムのプレスルームです。ほんの1時間前、戦前の予想を覆して、日本代表が本田圭佑の一撃で強敵カメルーンを破った興奮も冷めやらぬ状態で、締め切りに追われながら作業をしていたときです。
カメルーン戦勝利の瞬間、川島永嗣と中澤佑二は両腕を突き上げて喜びを表現していました
南アフリカでの開催が決まった当初から懸念されていたのは治安の悪さでした。人口あたりの凶悪犯罪の発生率は強烈でした。強盗やレイプは日常茶飯事。殺人事件に至っては年に2万件近く発生して、その数はアメリカの6倍、日本の20倍にもなる数字です。テレビや新聞などの主要メディアはその過酷な現実を一斉に報じていました。同業者に教えられたYouTube動画には、銃を突きつけた強盗が車を乗っ取る衝撃的な瞬間が映っていました。現地を知る先輩からは、もし車を運転しているときに黒人が2人以上乗った車が後ろにいたら赤信号でもGOだから、と教えられました。
想像も及ばない世界にどこか他人事だったのですが、大会が始まる前にはスポンサーのトラックが襲われたという噂を耳にしたり、各国の報道陣が強盗やホテルの部屋で置き引きに遭って高価な機材を盗まれたというニュースが毎日のように聞かれるようになりました。そして、開幕戦では本人の不注意もありましたが、日本人カメラマンが機材バッグをピッチで盗まれる事件まで発生したのです。スタジアムの外だけではなく、安全が保証されているはずのピッチすら気が抜けない状況でした。そんな中、ついに強盗事件の被害者に日本人がなってしまったのです。
冒頭の一報を受けたとき、すでに仕事を終えて荷物をまとめていた僕は近くにいた同業者に情報共有をしてから、プレスルーム内にあったインフォメーションへ急ぎました。空港へ向かうためのタクシーを手配したかったのです。このワールドカップは僕自身が報道関係者として迎える初めての大会でした。そのため試合後の作業時間や空港までの移動時間など、経験者であればある程度、想定できる状況を読み間違えてしまい、他の同業者よりも2時間ほど早いフライトを予約してしまったのです。そのミスに気がついたのは現地についてからで、その頃にはフライトを取り直すことができない状態でした。本来であれば、南アフリカでの単独行動はかなり危険な行動です。しかし、翌日の取材予定も決まっていたので、帰らない訳にはいきませんし、その飛行機に乗れなければ結果的に一人で取り残されることになります。
ボランティアの女性がタクシーの配車手続きをしてくれたのですが、ここで予想外の展開になりました。満員だったスタジアム周辺は混雑が激しくスタジアムの敷地内に入ることができず、セキュリティの外にしか来られないというのです。
「え? まじで?」
てっきり正面玄関あたりまで来てくれるものだと思っていた僕は焦りました。単独で機材を持って敷地外にでるのはさすがに怖すぎです。ついさっき耳にした同業者が襲われた話が脳裏を過りました。
これって冗談抜きでヤバいよね?
2021年2月公開