「フォロミー!」
青くなった僕の顔色に気がついたのかボランティの女性が笑顔で言いました。
「おおおお、女神さま」
一回りは年下であろう女性が神に見えたのはこのときが初めてでした。観客がごった返す中、目的地まで足早に進む彼女のあとを追いかけたどり着いたロータリーに人が溢れていました。タクシー会社が言った通り、周辺の道路もかなり混雑しているようでした。そして、何分待ったか定かではありませんが、いつまで経っても待ち人は現れません。
親切にここまで案内してくれた女神に「時間がないのよぉ」と必殺の捨てられた仔犬の目で訴えかけます。この時点でフライトまで90分をきったからです。空港までの移動時間や混雑が予想される空港の状況を考えるとそろそろ限界です。すると、僕たちの目の前に一台のタクシーが停車しました。
期待したのもつかの間、流しのタクシーでした。ドライバーはラッパー風の黒人男性でした。ちょっと怖いけれど、背に腹は代えられません。僕は女神に向かって「あれは?」と尋ねました。すると女神はゆっくりと首を振りながら、そして、申し訳なさそうな顔で言いました。
「NO…」
やっぱり? そうだよね! ダメだよね、うん、分かってた!
今度は少し離れたところに別のタクシーが停まるのが見えました。女神が素早い反応を示します。スタスタスタっと駆け寄り、運転席を覗き込むと立派な白髭を蓄えた白人のおじさんでした。「お、これは??」僕は逸る気持ちを抑えて女神に訴えかけました。すると今度は満面の笑みで答えてくれました。
「OK!」
おおおお、神よ。今から向かえばギリギリ間に合いそうなタイミングです。女神に礼を伝え運転手にはこう伝えました。
「エアポート! アイ・ハブ・ノータイム! ユー・アー・アイルトン・セナ!!」
意味不明な日本人でしたが、髭の男は状況を悟ったのかなかなかスリリングなドライビングテクニックを披露してくれました。おかげで無事に空港までたどり着いた僕は大袈裟に感謝の意を伝え、カウンターまで走りました。その勢いでセキュリティを抜けると、そこには座る場所もないほどの人で溢れかえっていました。
状況を確認するとフライト予定を表示する電光掲示板には「Delay(遅延)」の文字が並んでいました。あれから何度となく飛行機に乗りましたが、天災などを除いて、すべてのフライトがDelay表示になっているのを見たのはこのときだけです。臨時便を増やしすぎた影響で処理能力を大幅に超えてしまったのだと思います。
「なんだよ! それならあんなに焦る必要なかったし!!」
なんとか座る場所を確保した僕は機材を守りながら睡魔との戦いを強いられることになりました。少しウトウトしていると日本語で声をかけられました。僕より2時間ほど遅いフライトを予約していた同業者でした。そして、ほぼ意識を失いかけたそのとき、搭乗開始のアナウンスが流れてきました。時計を確認すると4時間ほど遅れた深夜2時のことでした。
早朝にヨハネスブルグの空港に舞い戻った僕は今大会、専属で運転をしてくれていたドライバーの車で宿に戻ると、そのままベッドに潜り込みとりあえず寝ることにしました。長い一日がやっと終わりを告げたのです。
長い一日を乗り切ったのはサポーターも一緒です
2021年2月公開