二宮 「新GK論」のなかでインタビューしているのは10人。掲載順で言いますと楢﨑正剛、東口順昭、林彰洋、権田修一、シュミット・ダニエル、山田栄一郎、西川周作、リカルド・ロペス、川島永嗣、加藤好男と錚々たるメンバーです。選手はすべて日本代表経験者。指導者もロペスさんと加藤さんは日本代表コーチ経験者、山田さんは取材当時、浦和レッズの分析コーチを務められていました。最初に楢﨑さんを登場させたのは、何か意味があるように感じてならないのですが。
田邊 本書はNumber、フットボール批評で書いた記事を加筆、修正してまとめたものですが、フットボール批評でGKのインタビューを始めるとき、編集部には「まず楢﨑さんの話を聞きたい」とリクエストを出しました。日本人GKを論じていくうえでは、やはり楢﨑さんが一つの基準になるだろうな、と思いましたから。
日本を代表するGK、楢﨑正剛さん。4大会連続でワールドカップのメンバーに選ばれました
二宮 プレーのこだわり、練習法、これまでの試合をひととおり田邊さんがぶつけていくなか、興味深かったのは、最後に「GKの魅力とは何ですか」と楢﨑さんに尋ねたこと。
田邊 楢崎さんは、実は黒子的な仕事をしていくのは好きだし、かっこいいと思っているとも答えてくれました。あのコメントが出てきた時には、すべてが腑に落ちましたし、楢崎さんのコアにあるものに、多少なりとも触れられたような気がしましたね。僕自身、黒子や職人的な選手、バンドで言えばベースが好きだったりするので、かなり共感できました(笑)。
二宮 そうなんです。生き方とか、考え方とかその人のパーソナリティーが浮き上がってくるのが読んでいて面白かったところでした。ああ、楢﨑さんは地味なことをコツコツやっていくのが好きなんだな、と。まあイメージと一緒でしたけど。
田邊 新GK論で紹介した方々には、テクニカルなことももちろん語ってもらっていますけど、マニュアル的な本は日本でも既にたくさん出ているじゃないですか。でも、その奥にあるものに光を当てようとする書籍は、なぜか存在していなかった。だから僕はGKというポジションの本質や可能性、サッカーというゲームに対する根本的な世界観、そしてなぜGKとして生きていく道を選び、そこにどんな意味を見出しているのかを描きたいなと思ったんです。実際、佇まいを含めて人間性が自然とあぶり出される結果にもなったのかとは感じています。しかも、いざ取材を始めてみると、いずれも興味深い方たちばかりで。噛めば噛むほど味が出てくるような感じでしたね。
二宮 その人の世界観が見えてくるような。だからノンフィクションっぽく書くのではなく、Q&A形式の原稿にしたわけですね。その最後に、田邊さんの見立てを入れるという形。
田邊 選手の生の声ほどリアルで説得力のあるものはないわけですから、もったいぶって余計な演出をする必要はないと思ったんです。ただし、単にコメントを紹介して終わるのは無責任だし、それではわざわざ本にする必要もないと思っていて。たしかにインタビューの余韻を持たせて、あとはみなさんで解釈してくださいと下駄を預けるやり方もあるでしょうけど、僕はこう見ています、話を聞いてこう感じましたと言及することが、著者としての責任だろうと。
二宮 それぞれに自分なりのGK論があって、田邊さんの目を通していくことで、点ではなく線としてつながっていくことで「新GK論」として見えてくる感じもありました。インタビューをするにあたって相当なリサーチ量があったんじゃないですか?
田邊 いろんな図書館に行って、資料を集めました。時間も結構掛かりましたね。でもそれくらいリサーチしてぶつけるから、選手や指導者の方も、どんどんと深い話をしてくださったのかなと思います。
現在、森保ジャパンで正GKを務める権田修一選手
二宮 10人が登場するインタビューは、どの方も面白かったんですけど、一人挙げるとしたら権田選手ですかね。欧州での経験などを通じ、彼なりの考え方がしっかりと整理されていることが伝わってきました。「向こう(欧州)に行ったら、すごくシンプルな仕事だということがよく分かる」と。
田邊 おそらくそれは権田さんの実感なんでしょうけど、試合を見ていると細かいところまで考え抜いていることがよくわかりますよね。ゲーム全体がよく見えているし、味方の選手を、最後方からオーガナイズしている印象を受けます。
二宮 日本代表では先のアジア最終予選でも安定していました。田邊さんの目からはどのように見えていたのか興味ありますね。
田邊 GKにはいろいろな仕事が求められています。ただし一番の仕事は、やはりゴールを守ることになる。権田さん自身、そう指摘されていたし、実際に何度も窮地を救っている。僕がフィールドプレイヤーだったら、ものすごく安心感を覚えると思います。
二宮 最後方からオーガナイズという表現、好きですね。僕も昨年末に権田選手にインタビューをして、2-1で勝利したホームのオーストラリア戦の話を聞いたんです。左サイドをやられたシーンについて聞いたら、試合後にそのプレーに関わった選手たちと権田選手が即座に話し合いを持っているんです。そして次の試合では課題が修正されていました。全体が見えるポジションだからこそ、なんでしょうね。「新GK論」を読み終えてちょっと思ったんですけど、守護神という表現がもう合ってないとも感じたんですよね。
田邊 そうかもしれませんね。僕は「統治者」みたいなイメージも抱いています。
二宮 いい言葉!
田邊 GKはボールに絡む機会がさほど多くないにせよ、すべてを見渡してコマンドしているというか、ゲーム全体をコントロールしているポジションでもあるんですよね。しかもGKの姿を通すと、サッカー界で何が起きているのかもよくわかる。たとえば最近では、攻守がますます一体化してきているし、ゲームのテンポが上がり、ピッチ上からスペースが無くなってきている。結果、ゲームを作る選手も、かつての10番からボランチ、そしてディフェンダーとだんだん降りてきて、今ではGKがその役割をかなり担い始めるようになった。これはプレミアリーグや欧州CLを見ても明らかだと思います。戦術論的に言えば、サッカーの進化が一番分かりやすいポジションが、GKだと言えるような気がしますね。
二宮 かなり強引な表現になりますけど、失点しないのが前提になるので精神的にキツいし、苦しいから、ネガティブな意味で3Kにあるポジションと言えると思うんですよね。でももうそのイメージじゃないような。
田邊 ポジティブな意味に変わっているんじゃないですかね。
二宮 どんなKですか?
田邊 カッコいい、カギを握る、そして可能性がある、ということでどうでしょう?
二宮 素晴らしい! では休憩を挟んで、カッコいい、カギを握る、可能性のあるこれからのGKについてもう少し聞いていきたいと思います。
2022年5月公開