そのとき僕は危機に陥っていました。それはシアトルに向かう機中での出来事でした。2007年6月当時、何度か海外出張を経験していた僕はそれなりに旅慣れていました。基本的なコミュニケーションは英語で、僕の英語力はネイティブであれば5才児にも劣るほどですが、そこはお互いに第二外国語同士だからこそ、何とかやり過ごすことができました。
シアトルに向かう飛行機はアメリカのユナイテッド航空でした。客室乗務員さんはアメリカ人が多く、僕の座っているエリアを担当してくれたのは女性のベテラン乗務員さんでした。
ここであることに気が付きます。ネイティブなアメリカ人と話すのはこれが初めてだったのです。水が欲しくなった僕は通りかかったCAさんに声をかけます。
僕「キャナイ・ハブ・ア・ウォーター?」
CA「Hah!?」
彼女に悪気はなかったと思います。僕の声が小さかったのか、発音が悪かったのか。とにかく彼女は聞き取ることができなかったのです。ただ英語に自信がない僕にとって圧が強めの聞き返しをされるともう何も言うことができなくなってしまいます。
「ウォーター、ウオラー、ウォラー、ゥオラー、、、」
脳内で様々なWaterの発音を繰り返しますが、どれも違う気がして数秒後、要件はなんだ的な感じで見つめてくる彼女と目があった瞬間、、。
僕「キャナイ・ハブ・ア・レッドワイン!」
CA「Oh, Sure!」
満面の笑みで赤ワインを注いだカップを渡してくれました。この日、僕は水を飲むことなく赤ワインだけをひたすら飲み続けることを心に誓ったのです。
そして、いい感じ酔っ払った僕は無事に入国をはたし、翌日にはセーフコ・フィールド(現T-モバイルパーク)に辿り着きました。初めて足を踏み入れたボールパーク。「スタジアム」ではなく「パーク」と呼ばれる空間は、それまでの競技場とはまったく異なる雰囲気でした。
まずボールパークの構造そのものが美しいのです。MLBのボールパークには個性があります。それは設計者や球団関係者のベースボールをエンターテイメントとして楽しむというアメリカ人のメンタリティや遊び心が反映されているからなのだと思います。
セーフコ・フィールドの外観。奥にはイチロー選手の看板がみえます
セーフコ・フィールドの内観。青空と天然芝のグリーンが眩しい!
そして、ボールパークにやってくる人たちは試合だけでなく、今という時間を心から楽しむんだ! という意欲に溢れていました。ホットドッグを頬張り、ビールやコーラで流し込み、サインをねだり、練習が始まるとファウルボールを待ち構え、高らかに国家を歌い、世界最高峰のプレーに一喜一憂する。彼らこそがボールパークの主役なのだと思える瞬間がたくさんありました。
バッチコイ!
グラウンド整備をしているオヤジのお腹さえ可愛くみえるから不思議です
レフトスタンドにある売店と迫り出した客席。この特殊な構造があとで奇跡をもたらしてくれるとは!
さて、球場の雰囲気にすっかりいい気分になったところで、今回の撮影のお目当ての選手たちの登場です。
イチローさんとのファーストコンタクト! 天気が良すぎて目元が影に!涙
平成の怪物、松坂大輔さん登場!!
イチローさんと松坂大輔さんの対決にも注目していましたが、撮影を進めるに従って、ボールパークの素晴らしさを改めて知ることになりました。それは写真やTVなどメディアが撮りやすい場所に撮影ポジションが作られ、そこから撮るとき背景がどうなるのかまで計算してますよね? と言いたくなるようなレイアウトだったからです。
スポーツに限らず、写真で重要な要素になるのが背景です。どんなにいい瞬間であったとしても背景が悪ければ台無しです。例えば、セーフコ・フィールドはダグアウトの内側にカメラポジションがあって、ここから狙えば、バッターの登場シーンをカッコ良く狙えますし、ピッチャーを広めに狙えば他球場の途中経過を知らせる電光掲示板が背景に収まるようになっていました。残念ながら、当時の日本の球場や競技場でメディアのことをここまで考えてレイアウトしてくれているところはありませんでした。
雰囲気が良すぎる!
つい背景を活かした写真を撮りたくなるレイアウトです
最高のロケーションに最高のプレーと雰囲気。いい写真が撮れないわけありません。しかし、それはあくまで用意してもらった状況です。せっかくだから、一枚は自分らしい写真を狙いたくなるのがフォトグラファーという生き物です。
どうしたものか、、思案していると神が降臨しました。夕方から始まった試合で太陽が傾き始めたとき、僕は一塁側のフォトポジションにいました。ここでさきほどご紹介したレフトスタンドにある売店の写真をもう一度ご覧ください。
レフトスタンドの独特な形状のためにできた空間から西日が差してきたのです。日本の球場はグルっと一周すべてが客席ですから、このクラスの球場でここまで低い西日が差し込むことはありえません。
写真を撮る人間にとって、この西日は厄介です。もろに逆光になってしまうからです。隣で撮っていた新聞社の方は「早く沈まないかなぁ」とボヤいていました。その気持は良くわかります。
しかし、僕はこれは神が与えてくれた奇跡だと思いました。あと数分で沈んでしまう美しい夕日を使ってなにか撮れないか! そう考えました。この西日を使うならバッターボックスの周辺が焦点になります。しかし、バッターボックス上のバッターでは上手くハマりません。焦る僕。あああ、沈んでしまう、、。
そう思ったとき、この試合に出場していたもうひとりの日本人メジャーリーガーの動きに注目しました。キャッチャーの城島健司さんです。捕球後、彼がピッチャーに返球したあと、ポジションに戻ろうとしたその瞬間です。神の光と僕を結んだ直線上に城島さんが入り込んできたのです。
来たーーーー!!
そのときの写真がこちら。
個人的には今でも思い出に残っている一枚が撮れました
初のMLB取材はそれまで自分が見てきたスポーツの現場とは何もかもが違いすぎてカルチャーショックが大きすぎました。語彙力が貧困過ぎてお恥ずかしいですが、わざわざ立ち寄って良かったと心から言える取材になりました。
アメリカ、すげぇ!!
つづくッ
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2022年12月公開