「また西さんに実況してもらいたい」高校ラグビーの現場で聞いた言葉
フリーアナウンサーの西達彦は局アナの経験もなければ、学生時代に運動部に所属したこともない。そんな経歴のアナウンサーがスポーツ実況の世界に足を踏み入れて15年。積み上げた経験は一つ一つがどれも貴重なものだった。
ボイスワークス提供
全国高校ラグビーの千葉県大会は忘れられない思い出の一つだ。西は毎年、準決勝の2試合の実況を担当している。ベスト4に残った4校を学校まで足を運んで取材し、千葉テレビでの放送当日に備える。長く高校ラグビーの仕事をする中で、芝浦工大柏高の監督が口にした言葉に涙腺が緩みそうになった。2007、8年の駆け出しだったころの話だ。
「07年に芝浦工大柏高がベスト4に入り、取材でお世話になりました。そして翌年、またベスト4に入って話を聞きにいったときこう言われたんです。『また西さんに実況してもらおうな。そう生徒たちと話をして1年間がんばってきたんです』。ああ、自分がやっている仕事ってそういう仕事なんだな。目標とされるような仕事なんだなと。すごくうれしくて心に残りました」
スポーツ実況の世界では後世まで語り継がれる“名セリフ”が存在する。西にも話題になった実況があった。こちらはDAZNで中継された2020年のヨーロッパサッカー、フランスのリーグアンの試合だ。パリ・サンジェルマンのストライカー、現在はマンチェスター・ユナイテッドに所属するエディンソン・カバーニがリヨン戦でゴールを決めたシーンだった。
「カバーニー、来たー! エル・マタドールが来た! 求めていたゴール、見たかったゴール、みんなを幸せにするゴール!」
文字に起こすとこの実況の素晴らしさが今ひとつ伝わらないのがもどかしい。しかしこの実況はサッカーファンの間でずいぶんと評判となり、動画の再生回数もかなりの数に達したという。
「いろいろな方から『すごく良かった』と言ってもらえました。オシャレな言葉使いではないんですけど自然に出てきた言葉です。カバーニは超一流選手ですが、このときは苦しんでいました。この試合も途中出場です。そうした中で久しぶりに生まれたゴール。カバーニはゴールがほしい、ファンも彼のゴールが見たい。あのゴールが生まれたことでスタジアムが一つになれた。そのことを表現できたかなと思っています」
勝者もいれば敗者もいる、実況の現場は葛藤の連続
厳しい現実を目の当たりにし、言葉を失いかけたこともある。その一つが2013年の高校野球千葉県大会準々決勝だ。千葉マリンスタジアムで行われた習志野高と成田高による伝統校対決は一進一退。延長12回裏、成田のエラーで習志野がサヨナラ勝ちを収めるという幕切れだった。
「この試合は最後、成田のショートが悪送球して試合が終わりました。ショートは完全にしゃがみ込んでしまって動けない。ブラスバンドが有名な習志野の応援団は大騒ぎです。このシーンをどう表現すればいいのか。咄嗟に『ここまでノーエラーでした…』という言葉が出てきました。なんて言うか、悪送球した選手を守ってあげなきゃいけない、という気持ちでしたね。彼がここまでどれだけ練習してきたのか。そして準々決勝まで勝ち上がって甲子園も見え始めていた。悪送球した選手の心中を考えると本当に難しい実況でした」
こちらはニュースにもなったので覚えている読者もいるかもしれない。2017年のJ2、徳島ヴォルティスとジェフユナイテッド市原・千葉の試合で、徳島の選手がボールパーソンを突き飛ばした事件だ。この選手はその後、Jリーグ規律委員会から2試合出場停止の処分を受ける。この実況をDAZNで担当していたのが西だった。
「ボールが外に出て、徳島の馬渡和彰選手がスローインしようとしたんです。ところがボールパーソンの子がもたついて、すぐにボールを渡さなかった。それで『早くボールをよこせ』とばかりにその子を突き飛ばす形になってしまったんです。ボールパーソンの子はジュニアユースの中学生です。私は『こういうことはプロとしてあってはいけません』という趣旨の発言をしたんですけど、それが良かったのか。いまでも葛藤があるんです」
馬渡選手は試合後に多くのファンから批判を浴びた。だれが見てもほめられた行為ではなかった。ただし、決して悪気があったわけではなく、少しでも早くスローインをしてゴールに結びつけたいと気持ちがはやってしまったのだ。生活のかかったプロとして勝利に徹するのは当然のこと。にもかかわらず自分の実況によって馬渡選手を必要以上に悪者にしてしまったのではないか。西にはそんなモヤモヤが今でも残っているのだ。
「あの瞬間、私の中ではボールパーソンの子を守ることが最優先事項になりました。というのもその数ヶ月前、プロ野球の試合でホームランボールに手を出してキャッチしてしまった子どもがいて炎上するという事件があったんです。それが頭にありました。放送の後、周囲からは『毅然とした態度で良かった』とは言ってもらいました。確かに軽く流せるようなシーンではない。ただ、こうも思うんです。もう少し馬渡選手に配慮することはできなかったのかと…」
現場は常にめまぐるしく動き、時として思わぬ事態が起きる。その一つ一つに臨機応変に対応するのが実況アナウンサーの仕事だ。実況ブースという戦場で、西は戦い続けている。
2021年11月公開