グラウンドのなかで敢えて存在感を消している。
2021年8月。新型コロナウイルス陽性者が出たことで活動停止から再開を経て2カ月、真夏の日吉グラウンドで慶応大学ラグビー部は汗を流していた。
部を率いて3年目になる栗原徹監督は、練習中に自ら笛を吹いて指導することは随分と少なくなった。
時折、部員に声を掛けながら、基本的には全体をじっと見守っていく。
「(練習後の)円陣にしても今年は全然、入ってないですよ。2回くらいじゃないですか。1年目は絶対に入る、2年目は必要だったら入るというスタンスだったんですけど、今年は、なるべく入らなくていいかなって。(練習の)スタートも、僕が座っていたら既に始まっていましたから(笑)。でもそれくらいでいいんです。監督だから最初に話さなきゃとか、最後(円陣に)入らなきゃというのを、僕としてはなくしていきたいので。むしろそこが大事。監督が主役であってはいけないし、主役は学生たちですから。まあ〝監督どうしたらいいですか?〟と聞かれたら、そのときに動けばいいかなと思っています」
キャプテンのHO原田衛を中心に、学生主導でやっていくスタイル。元々慶応大学ラグビー部にはその気風が受け継がれている。栗原はそれを促しているわけだが、高いレベルで、かつ、部が一体となってやっていかなければ結果につながっていかない。
監督として部員を向かうべき道を示すとともに、組織がうまく回っていくように心を砕く。監督も参加するコーチミーティングは毎日、行なっていて、アタックリーダーミーティングなどそれぞれ部門別でも週1回の話し合いも行なわれる。全体トレーニング、ウエートトレーニング、ミーティングなど部としてスケジュールをきちんと組み立てて、監督がすべての情報を把握できるような仕組みになっている。
「リーダーミーティングでも責任者をつけて、その責任者の裁量に任せています。僕の仕事としては全体をしっかり見ておくということ。困っている部員はいないか、モチベーションが下がっている部員はいないか。または結論出なくて、ちょっと揉めてしまっているなとかもある。僕はそういうところで介入する役目だったり、みんなの負荷が掛かってしまっていたらそれを受け取ったり、そこを注意深くやっているつもりです」
一昨年があって、昨年がある。昨年があって、今年がある。
大学選手権出場を逃がした悔しい経験をバネに、昨年は明治、帝京にも勝利して大学選手権に戻ることができた。今年度の「正月越え」という目標は十分に可能だと考えている。
「昨年のチームはキャプテンの相部(開哉)を中心に良くまとまっていました。そのチームを見てきた今の4年、3年がどうしていくか。どちらかと言うと今年の4年はもの静かな雰囲気で、3年のほうに個性の強いキャラクターが多いっていうイメージ。これって、自分が学生のころそんな感じだったんですよ。だからトータルとしたらこのバランスって面白いかもなと思っています」
1999年度の大学日本一では栗原や和田康二(現在、慶応大学ラグビー部GM)浦田修平らが3年にいて、4年にはキャプテンの高田晋作、副キャプテンの金沢篤らがいた。「もの静かな」4年と、「個性の強い」3年は確かに今年のタイガー軍団と重なるところがある。
どの団体スポーツもそうだが、特にラグビーの場合はキャプテンの存在がクローズアップされることが多い。
栗原は昨年のチームを率いた相部を「最高のキャプテンだった」と評する。その姿勢を見てきた現チームの原田キャプテンにも大きな期待を寄せている。
「原田はこの世代を代表する選手の一人ですし、トップリーグの全チームから誘いがくるような将来を有望視されています。ラグビーが大好きで、誰よりも激しく、厳しくやっていて、相部に似ています。ただちょっと違うのは、先に動いてしまいがちなところ。(U-20日本代表など)経験値も高いので、どうしても口にしたくなっちゃうんだと思うんですけど、リーダーとしてどっしり構えることも必要だなと思って見ていました。そうしたら我慢して見守るところもでてきて、それによってチームもうまくいいふうに回っているので彼のなかで成功体験になりつつある。今、リーダーとして成長を凄く感じているので、相部を超えるキャプテンになってくれるんじゃないかなと思っています」
就任3年目にして、確信を持ったことがある。
それは人間教育をしていくことが、ひいてはラグビー選手としての成長にもなるということ。元々その考えを持っていたものの、「まさにここ」だと思えるようになった。
栗原は言葉に力をこめる。
「就任して1年目には見えていなかったものが、今は見えているなっていう感覚が僕のなかにあります。ラグビーさえうまきゃいいでしょってやっていくと、絶対にうまくいかない。一人の人間として一つひとつのことをきっちりやっていくと、ラグビーもきっちりやるようになる。でもこれってプロになっても結局は一緒だと思うんです。人としての成長なくして、選手としての成長はない。強くそう感じています。
部員には育ちのいい子も少なくありません。慶応ですから、チヤホヤされてきて〝甘ちゃん〟だなと思う学生もいますよ。ありがとうって言えなかったり、やってもらって当たり前みたいなところがあったり。でもそういうところをしっかりやろうよとなったら、ある日からバーンと変わる子がいるのも一つの特徴です。泥臭くやるのが慶応のラグビー。人間としてしっかりしてこないと、泥臭くはやれないんです」
人間教育が導く、泥臭い慶応のラグビー。
定期的に横浜市港北区の小学校を回ってラグビー教室を行なうなど地域貢献に力を入れるのも、その一環と言えるのかもしれない。
2021年の関東大学対抗戦は、9月に開幕を迎える。
狙うは関東大学対抗戦での優勝、そして大学選手権でのベスト4以上だ。
「僕が見てきたこの3年間のなかでもラグビーは、一番うまいチームだと言えます。ただ我慢強いのは、去年のチームのほうが上。うまい選手は、どうしても我慢強くないところがりますから。我慢強くなるためのトレーニングを、今年は多くやっています。元々のうまさに、我慢強さが加われれば、十分に対抗できるんじゃないか、と。体がきつくてもケツを落とせるチームになれば、正月越えも見えてくると思います」
栗原の目に、力が宿る。
努力、自立、一体。その先にあるものは—―。
終わり
2021年8月公開