ビル・コンティの名作「ロッキーのテーマ」
記憶に残る映画音楽がある。映画の中身は忘れてしまっても、劇中の音楽だけは耳について離れず、頭の中を何度も何度もリピートしたりする。ふとした瞬間、その音楽が脳内で流れ出すと、思わず泣き出したくなる曲もある。私の場合は、チャーリー・チャンプリンの『ライムライト』(1952年アメリカ)の主題歌である「エターナリー(テリーのテーマ)」であり、世界中でヒットしたボクシング映画『ロッキー』(1976年アメリカ)に登場する数々の名曲だ。
『ロッキー』の音楽で、だれもが思い浮かべることができるのは「ロッキーのテーマ」だろう。原題は「Gonna Fly Now(今、飛び立つ)」。主旋律は「シソーラーーーラシーミーーー」というシンプルなメロディーを繰り返しで、映画の中ではロッキーがトレーニングをするシーンに合わせて流れる。この曲を耳にしていてもたってもいられなくなり、思わず走り出したり、シャドーボクシングをしたり、腕立て伏せをしてしまった経験のある人がいれば、きっと私と友だちになれてしまう。そんな催眠術のような不思議な力を持っている曲が「ロッキーのテーマ」である。
作曲はビル・コンティ。コンティは『ロッキー』を出世作として、数々の作品を世に送り出した映画音楽界のヒットメーカーである。7人の宇宙飛行士を描いた『ライトスタッフ』(1983年アメリカ)でアカデミー音楽賞を受賞。スタローンと同じイタリアの血を引くアメリカ人で、79歳のいまもご健在である。
ロッキーシリーズの最終作『ロッキー・ザ・ファイナル』(2006年)のプログラムによると、当初、監督を引き受けたジョン・G・アビルドセンと音楽担当のコンティはあまりボクシングに詳しくなく、まずはボクシングのことを知ろうとボクシングの試合をテレビ観戦した。このときアビルドセンが“BGM”で流していたのがベートーヴェンの交響曲第3番『英雄』だったという。
クラシック音楽、ベートーヴェンと聞くと、トレーニングシーンよりもむしろ思い浮かぶのはオープニングの音楽である。スクリーンいっぱいに「ROCKY BALBOA」の文字が左から右に少しずつ移動していくあのオープニング。流れる曲は「ロッキーのテーマ」のメロディーを土台にしながらアレンジされた曲で、その名は「ロッキーのファンファーレ」。トランペットの六重奏ということだが、オーケストラでもトランペットは多くて4本だそうで、6本というのはかなり思い切ったチャレンジなのだという。
中世ヨーロッパの軍隊を起源とするファンファーレは、長い歴史においてスポーツと密接な関係を築いてきた。スポーツを盛り上げる定番音楽であり、日本では競馬を筆頭とする公営ギャンブル、高校野球などで私たちは耳にしている。
ファンファーレがスポーツを盛り上げる!
調べて見ると1964年の東京オリンピックでも「オリンピック東京大会ファンファーレ」という曲が作られていた。作曲家、今井光也の作品でわずか8小節と短いのだが、とても気高く心にしみる。わずか30秒。もし聞いたことのない人がいたら、ぜひYouTubeで聞いてみてほしい(たぶん聞けばあれね!となるはずだ)。かようにファンファーレはスポーツと親和性が高く、『ロッキー』がファンファーレでいきなり私たちの心をわしずかみにしてしまうのもうなずける話と言えるだろう。
さて、話が少し横道にそれたが、『ロッキー』の音楽を語る上で、最後のシーンで流れる「The Final Bell(最終ラウンド)」を忘れてはならない。アポロとの激闘が終わり、ロッキーが判定のアナウンスを無視してエイドリアンの名前を叫び続ける。試合が終わった瞬間から流れ続けるのがこの曲だ。この曲がドドーンと始まった瞬間、たまりにたまった涙が洪水のように流れ落ちてくるは私だけだろうか。こうして『ロッキー』は終わるのである。
この映画は売れない三流役者だったスタローンがアメリカンドリームをつかんだ作品として知られる。スタローンの愚直で、決してうまくはないと言われる演技がシンプルなストーリーに実によくはまった。そしてこの映画はコンティの音楽がなければ勝利を手にすることはできなかったと思う。だからこそ、今回は映画『ロッキー』の音楽に絞って原稿を書いてみた。
ロッキーシリーズは全6作あり(スピンオフ作品『クリード』も第2作公開されている)、この間に音楽の姿も時代に合わせてだいぶ変わった。『ロッキー・ザ・ファイナル』に登場したThree 6 Mafiaの「It’s a fight」がWBAスーパー・フェザー級王座を11度防衛した“ノックアウトダイナマイト”こと内山高志の入場曲だったことを最後に付け加えておきたい。『ロッキー』の音楽は本物のチャンピオンにも愛されたのである。
終わり
2021年7月公開