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SPOALスポーツ×エンタメ百科 映画『タイタンズを忘れない』

ちょっと昔話をします。
当時私はまだ18歳のピチピチな大学生でした。

希望に胸を膨らませて、早稲田大学のスポーツ科学部に入学。右を向けば兵藤慎剛(プロサッカー選手)、左を向けば五郎丸歩(ラグビー日本代表)といった錚々たる同級生と同じ机で学ぶ日々は、今振り返ってもすごい体験だったなと思います。

スポーツ科学部は、トップアスリートも一般入試組も関係なくクラス分けされ、ゼミにも入り、同じ時間を過ごします。「選手たちはちゃんと授業に参加しているのか?」なんて思う方もいるかも知れませんが、スポーツ科学部はかなり出席重視な学部であることをしっかりお伝えしておきます。その代わり朝1限の授業は寝ている人もいましたが笑

そんな学部なので、どうせ出席するなら面白い講義がいい!となるのは自明の理。すぐに満員になってしまうコマも多々あるのですが、2005年当時のダントツ人気NO.1だった講義がありました。それが「映画の中のスポーツ」という講義です。

スポーツ文化論者として数々の著書を持つ、石井昌幸教授(現早稲田大学競技スポーツセンター所長)によるこの講義。なんと2コマ(90分×2講義)で1本ずつ映画を鑑賞するという神講義だったのです。そのスケールもまたダントツで、所沢キャンパスで最も大きな200人以上収容の大ホールで実施され、まるで映画館のような環境が生徒たちを待っていました。

これだけでも楽しそうな講義ですよね。しかし、そこは石井昌幸教授の狙いがありました。あくまでも入口は楽しくハードルを下げて、出口はしっかりと問題意識や気づきを持って。という緻密な設計がなされていたのです。

イギリスの階級社会とスポーツ、スポーツにおけるジェンダー規範、アメリカにおける人種問題とスポーツ、トップアスリートの男女賃金格差、スポーツ教育と社会的上昇といった様々なテーマを、映画を通じて気づかせてくれる。実はそんな大きな意義をもったセッションだったのです。

映画『タイタンズを忘れない』

この講義で、私は生涯を通じて最も大好きになった映画と出会うこととなりました。それが『タイタンズを忘れない』という映画です。

オスカー俳優のデンゼル・ワシントン主演の本作は、2000年に公開されたアメリカ映画。実話を元にしており、制作は『アルマゲドン』でおなじみのジェリー・ブラッカイマーが手掛けています。

若者たちはそれを〈友情〉と呼んだ。大人たちはそれを〈奇跡〉と呼んだ。
公民権運動によって人種の壁が取り払われようとしていた1971年のアメリカ。ヴァージニア州の保守的な田舎町でも、白人の高校と黒人の高校が統合され、フットボール・チーム「タイタンズ」は黒人のヘッド・コーチを迎える。彼の厳しい指導に戸惑いながらも、選手たちは理由もなくお互いを憎み合う事の愚かさに気づき《心の壁》を乗越えていく。連戦連勝の快進撃を続けるチームは名実共にひとつになり、町の人々もいつしか心からの拍手と喝采をタイタンズに送っていた。だが、大事な試合を目前に控えた夜、誰もが予期しなかった悲劇が起きようとしていた…。

(作品DVD裏のカバー説明より引用)

本稿では、「少しでも観たい気持ちになっていただく」ことを目的としておりますので、決して内容に踏み込んだ記述はいたしません。まずはフラットに公開されている情報をシェアできればと思い、上記を引用いたしました。

『タイタンズを忘れない』が石井昌幸教授の講義で採用されたのは、作品が持つ” アメリカにおける人種問題とスポーツ”という大事なテーマがあったからでした。加えてこの作品が実話を元にしているという点も、内容の説得力を強めています。

アメリカに限らず、スポーツにおける人種問題は身近な問題となっています。例えば日本でも、Jリーグの試合で選手に差別発言を行ったサポーターが無期限入場禁止になったこともありました。早稲田大学も留学生の選手がチームにいたり、ハーフの選手がいたりする部があるため、聴講した生徒たちにとっても共感できるテーマの一つだったのではと思います。

上映後に起こった出来事…

当時生徒だった私は、講義ではじめてこの映画を観て大号泣しました。声をあげないように我慢しようと思ったら、周りからもすすり泣く声が聞こえてきました。ふと周りを見ると、そこには信じられないような光景が広がっていたのです。

前日の練習・朝練で疲れているアスリートたちも、
夜勤バイト明けでそのまま授業へやってきた友人たちも、
大ホールに座る学生みんながスクリーンを観ていました。

「映画の中のスポーツ」が確かに人気NO.1の講義だと理解した瞬間です。

そうして上映が終わり、終盤は石井昌幸教授による解説に突入します。感動の余韻を丁寧に紐解いてくれるため言葉が頭に入ってきやすく、しっかり理解を持って終えることができました。なるほど、確かに低いハードルの入口から理解を深める出口という設計でしたね。

この映画との出会い、この講義との出会いはまた、私の人生にも大きな影響を及ぼしました。石井昌幸教授のゼミに入り、スポーツマンガで卒業論文を書き、大学院も石井教授の研究室へ入り、「映画の中のスポーツ」講義の助手として2年間参加し、そしてやっぱりスポーツマンガで修士論文を書いて。挙句の果てには、結婚式の乾杯の挨拶までお願いしてしまいました。

私の恩師が2004年から早稲田大学で行う講義「映画の中のスポーツ」は、16年以上経った今でもスポーツ科学部のカリキュラムにしっかり存在しています。

もちろんその中心にある映画は『タイタンズを忘れない』。
これも16年以上変わらずに。

終わり

2021年6月公開

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