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SPOALの本棚 渋谷編

能代工高バスケットボール部の強さに迫る『高さへの挑戦』

あの能代工業高校がなくなってしまう。そんなニュースが駆け巡ったのは昨年の夏のこと。正確にいうとなくなるのではなく、この春に秋田県立能代工高は同能代西高と統合し、能代科学技術高という校名となって新たなスタートを切ることになったのだ。

子どもの数が減っている近年ではよく耳にする話とはいえ、バスケットボールファンの中には「えっ」と絶句してしまった人も少なからずいたのではないか。私も大いに驚いた一人である。

国内バスケットボールにおける“能代ブランド”はかつて圧倒的な光を放っていた。日本リーグの優勝チームでもなく、大学バスケットボールでもなく、ひょっとすると日本代表でもなく、能代。私などは「ノシロ」と耳にすると尊敬と恐れの入り交じった緊張を今でも感じてしまうほどだ。

全国大会優勝は実に58回。能代は強く、たくましく、どのチームよりよく走り、圧倒的な強さで高校バスケットボール界を席巻し続けた。いや、大学生にだって勝った。実業団チームとの対戦でさえ、「ひょっとすると」の期待を胸に多くのファンが会場に詰めかけた。『高さへの挑戦』(秋田魁新報社)は能代を全国屈指の強豪校に育て上げ、2018年に80歳で天国に召された加藤廣志氏の著書である。

この本は初版が1992年で、改訂版の出版が98年のこと。98年といえば能代工高にとってどんな年? バスケ通ならすぐにピンとくるのはないだろうか。そう、のちに日本人初のNBA選手となる田臥勇太(宇都宮ブレックス)がキャプテンとして最終学年を迎え、史上初となる3年連続3冠(インターハイ、国体、選抜)を達成して大フィーバーを巻き起こした年だった。

このころの能代は才能に恵まれた選手が全国から集まり(田臥は神奈川県出身だ)、もう能代のユニフォームを見ただけで対戦相手がビビってしまうほど強いチームになっていた。でも、能代だって最初から強かったわけではない。そもそも生徒の集まりやすい都会の学校じゃないし、潤沢な資金のある私立じゃないし、気候だって冬の寒さはかなり厳しい。そんな東北の片隅にある工業高校がなぜ日本中からあこがれの眼差しを向けられる存在となれたのか。それを知ることができるのが『高さへの挑戦』なのだ。

高須力

夜明けが本当に待ち遠しかった。
田舎のチームで全国の頂点を目指すためにはどうしたらいいのか。毎日そればかりを考えていた。

書き出しにグッと引き込まれる。この指導者は本当に24時間、バスケットボールのことばかり考えていた。大学を卒業して母校の監督に就任した1960年、いきなり全国大会の優勝チーム、東京の中大杉並高に電話して合同練習の約束を取り付けた。どうしても全国大会を視察したくて国体の教員チームに潜り込み、チームメイトにウソをついてこっそり別行動を取って少年の部(高校生)の試合を見て研究しまくった。「そこまでやるか」の行動は枚挙にいとまがない。

当時の能代の選手はみな背が低く、都会のスマートな選手と比べて「胴長短足」。となれば悲しいかな、背の高さがものをいうゴール近辺の攻防ではどうしても勝てない。ならばゴール下の攻防を徹底的に避け、オールコートのバスケットを極めればいいのでは? こうして「高さへの挑戦」は始まったのである。

もちろん言うは易しでそう簡単にコトが進むわけではない。さまざまな困難にぶつかり、失敗があり、人との出会いがあり、そして道は開けていく。そして待ちに待った全国優勝、さらには全国大会連覇へ。加藤氏の闘病生活もあり、ストーリーはドラマチックに進んでいく。

もう10年以上前、能代出身の元日本代表の選手を取材をする機会に恵まれ、「加藤監督に何を一番教えてもらいましたか」と聞いたことがある。そのときの答えがいい意味で期待を裏切り、とてもかっこ良くて心に残っている。

「加藤先生からバスケの技術なんてたいして教わらない。あの人が教えるのは“勝負”だから」

なるほど、本書を読んでも勝負への激しいこだわりを感じさせる箇所が随所に出てくる。この本は技術書であり、勝負論であり、加藤氏や部に携わった選手たちのヒューマンストーリーでもあるのだ。バスケットボールを知らない読者でも飽きずに読み進めることができるだろう。

優勝回数58回と書いたが、本の表紙には「こうしてつかんだ栄光の全国V33」とある。これは加藤氏が携わった優勝回数が33回という意味だ。加藤氏は卒業生の加藤三彦氏を後継者に指名し、自らが監督、三彦氏がコーチという形で3年チームを運営。90年に三彦氏に監督を任せると、その後は基本的に体育館に顔を出すことはなかったという。このとき加藤氏は53歳。潔い身の処し方ではないか。バトンを受け継いだ三彦氏が25回もの優勝を積み重ねたので優勝回数は58まで伸びたのである。

時代の波なのだろう。能代工高は2007年を最後に全国大会優勝から遠ざかり、三彦氏は08年に監督を退いた。18年には能代工高が48年ぶりに全国大会出場を逃したというニュースが新聞紙面に踊った。そして今、能代工高の名前はなくなろうとしている。この年の12月、能代工高として臨んだ最後の全国大会、ウインターカップは1回戦敗退で涙をのんだ。

能代工高がなくなるのは寂しいが、加藤氏が礎を築いた“能代魂”はこれからも次の世代に生き続けることだろう。いまこそ『高さへの挑戦』をもう一度読み返したい。

2021年2月公開

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