日本リーグの壁 勝つのがこんなに難しいとは…
2020年8月29日、ジークスター東京は愛知県のウイングアリーナ刈谷で記念すべき日本リーグ初戦に挑み、トヨタ車体に27-34で敗れた。敗れはしたものの強豪相手に「手が出ない」という試合内容ではなく、エースの信太弘樹(31)は14本のシュートを放って両チーム最多の10得点をマーク。出場時間は長く、たくさん得点するという移籍当初に掲げた狙い通りのプレーができた。
第2戦ではトヨタ自動車東日本を31-28で下して日本リーグ初勝利を飾る。上々のスタートであり、関係者の間では「ジークスターが今シーズンの台風の目になるのでは」という声まで上がった。
ところが―。
第4戦で信太と双璧をなすチームの大黒柱、東長濱秀希が試合中にけがで戦線を離脱すると状況が一変した。日本代表を支えてきた信太、東長濱、ゴールキーパーの甲斐昭人というトライアングルの一角が崩れ、チームはガタガタと音を立てるように崩れていってしまったのだ。
「ホズさん(東長濱)がいなくなったときは本当に苦しかったですね。試合を重ねるにつれて各チームの分析が進みます。僕も徹底的にマークされて得点することが苦しくなっていった。しかもホズさんがいない。勝つことがこんなに難しいのかと。大崎電気では経験したことのない苦しさでした」
“常勝軍団”である大崎電気はある意味「勝って当たり前」というチームの文化があった。実際に負ける試合は少なかったし、たとえ負けたとしてもその試合をしっかり検証すれば、「ここを修正しよう」という解決策は自然と見えてきた。
しかしジークスターは新しいチームであり、チームのメンバーはみんな若く、日本リーグの経験はなかった。負けが込むと自信を失い、プレーが萎縮していく。できていたはずのことさえもできなくなるという悪循環に陥っていった。
信太は大いに悩み、同じく移籍組である甲斐、東長濱と「どうやったら勝てるか。どうやったら若い選手をもり立てていけるか」と何度も話し合った。東長濱は大崎電気時代のチームメート。甲斐を含めた3人は日本代表でともに闘った間柄だけに、気持ちは十分に通じ合っている。監督の横地がその席に加わることもたびたびあった。
「3人を除く他のメンバーは僕の下が25歳くらいで少し離れているんです。僕らの世代だと練習から厳しくガンガン言うんですけど、若い選手たちにそれをやってもいいのか。根本的なところでハンドボールを楽しんでほしいという気持ちもありますし…」
3人は他の選手から見れば雲の上の存在である。何か発言すればどうしても「上から」と受け取られてしまい、あまり厳しいことを言ったらマズイと考えるのはうなずける。だからといって周りの選手たちには成長してもらわないと困る。彼らは頭を悩ませた。
「若い選手から僕たちに話しかけるのは難しいとも思ったので、何人かずつ食事に誘って話を聞いて、それぞれの性格、考えていることを把握するようにしました。その上でこの選手には少しくらい厳しく言っても大丈夫だなとか、逆にこの選手はどんどんほめていこうとか、いろいろ話し合いました。監督に直接言いにくいことを間に入って伝えるとか。そういう役割はチームに入る前から考えてもいたので、いろいろ工夫して何とかチームを盛り上げようとしました」
最初は気を遣っていたベテラン勢も、若い選手たちと交流を深めていく中で、思いのほか「なにくそ!」という気持ちを持っている選手がたくさんいることが分かってきた。チームの雰囲気は徐々に変わり、練習でよく声が出るよういなり、どこか他人任せのように感じられた選手たちも主体的な姿勢が出るようになっていった。
チームは第4戦からの5連敗というトンネルを抜け出し、1月25日の時点で4勝8敗1分、全11チーム中8位という順位につけている。今シーズン目標に掲げたプレーオフ進出(上位4チーム)は苦しい状況になったとはいえ、新規参入チームとしてのチャレンジはまだ終わっていない。
11月には学生日本一の中央大から部井久アダム勇樹、中村翼、蔦谷大雅の3選手がチームに加入。新型コロナウイルスの影響を受け大学で本来の活動ができなかった3選手の「チャレンジしたい」という思いを受けて2020-21シーズン限定で契約を交わした。大学2、3年生が日本リーグのチームでプレーするのは初めてのことであり、ジークスター東京の心意気が新しい試みを実現したと言えるだろう。また、同じタイミングで筑波大大学院生の平本恵介が内定選手として加わった。
チームは新加入の大学生に大いに助けられたものの、1月に入って日本代表選手でもある部井久が世界選手権の遠征でけが。今シーズンの出場が厳しい状況になった。時を同じくして中央大トリオに続き今度はU-22日本代表の筑波大3年生、矢野世人も期間限定の新規加入が決定。チームに新しい血がどんどん入り、若いチームは刻々と変化を遂げている。
常に刺激にあふれ、今までになかった新しいことにチャレンジするチーム。それは信太が望んでいたところでもある。新たに体験することがベテランの域に入った自分を成長させる栄養源となるのだ。信太はそう信じているし、ジークスターで過ごす日々に手応えも感じている。
「なかなか勝てなくて悔しいんですけど、勝ったときはめちゃくちゃうれしいんですよ。大崎のときは勝って当たり前。もちろん勝てばうれしいですけど今とはだいぶ違います。若い選手が成長していく姿が見られるのもこのチームに来たからこそ。ほんとに移籍して良かったと思っているんです。残りのシーズンで少しでも順位を上げられるようにがんばります」
ジークスター東京からハンドボールを盛り上げ、そして日本代表の活躍につなげたい。新たな経験を積んで深みを増した信太弘樹は今、大きな翼をめいっぱい広げてさらに羽ばたこうとしている。
ジークスター東京物語 信太弘樹編 終
2021年1月公開