スポーツの神様 亀戸香取神社
世界一高い電波塔、東京スカイツリーから商業施設の東京ソラマチを通り抜け、立て看板の地図を見ていると、60代とおぼしき男性のグループがすかさず「どこ行くの?」と声をかけてくれた。さすが下町、さりげないところに人情を感じる。
「え~、亀田香取神社というところなんですけど!」
「あ~、だったらこの川に沿って真っ直ぐ行けばいいから。で、福神橋を右に曲がったらあるよ。でもけっこうあるけどなあ。バスもあるけど」
「あら、(逆方向を指さして)あっちじゃないんですね?」
「それ逆。あっち行ったら浅草だから!」
方向音痴に道先案内人は天の恵みだ。おじさんのアドバイスに従い、江戸時代にできた運河だという北十間川に沿った歩道をのんびりと歩き始める。左右に目を向ければ下町の雰囲気がところどころに感じられるのがいい。いまどきのおしゃれなマンションが建っているかと思えば、昔ながらの自動車整備工場や玩具の問屋が急に出てきたりするのだ。
ゆっくりと30分近く歩き、福神橋(明治通り)を右に折れると目的地の亀戸香取神社が見えてきた。「スポーツの神 香取神社」の幟がはためく。そう、この神社は“スポーツ振興の神”として知られているのだ。私はうかつにも存在を知らなかったのだが、一部ではかなり有名な神社らしい。
1300年の歴史があり江東区最古の神社だという香取神社。それにしてもなぜスポーツの神なのか? 神社のホームページから要約して説明しよう。
天慶の昔、平将門が乱を起こした際、朝廷から追討を託された俵藤太秀郷(たわらとうたひでさと)が香取神社に参拝して戦勝を祈願。のちに乱をめでたく平定することができ、感謝の印として弓矢を奉納する。これが「勝矢」と命名された。
これをきっかけに、歴代の天皇をはじめ源頼朝、徳川家康らの武将、剣豪の塚原卜伝や千葉周作をはじめとする多くの武道家たちにあがめられるようになったのだとか。神社では毎年5月5日に「勝矢祭」が開催され、武者行列が行われている。
平将門が追討されたのが平安時代、西暦で940年だから今から1080年前の話ということになる。そんな大昔の言い伝えが今日まで生き続け、時代にもまれながらスポーツ新興の神へと発展するのだから歴史とは面白い。この神社にはさまざまなスポーツ選手が訪れ、「全国大会に出場できますように」とか「部活動で活躍できますように」などと祈願するのである。
社務所には、女子レスリングでオリンピック3連覇を達成し、国民栄誉賞に輝いた吉田沙保里さんや、高校野球で一世を風靡し、プロ野球でも活躍した荒木大輔さんのサインもあるという。かなりのトップ選手も少なからずこの神社を訪れているのかも知れない。
2021年はスポーツ大会が無事開かれますように
そんな御利益抜群の神社に入ったらまずは勝石に触ってみよう。触ると健康になるそうで、スポーツの勝利を願って触ってみても御利益が期待できそう。勝石の向いは七福神の恵比寿神と大国神の御像が立つ。大国様は医薬の祖といわれている神様で、無病息災を願うなら忘れずお参りしすべし。もっと御利益がほしい人は勝運守(500円)や勝守(700円)を買い求めるのもいいだろう。
さて、そろそろ本殿に参拝することにしよう。ここに来たからには「東京オリンピック・パラリンピックが無事に開催できますように」と祈願しようと考えていた。手水をとって手を清め、本殿の階段を上っていくと……右側にズドーンと大きな垂れ幕が!
「NEXT! 新型コロナ禍終息祈願 世紀の祭典オリンピックが無事に開催されます様に」
さらに左側に目を向けるとこちらには「池江璃花子選手 病気平癒祈願成就」の文字が。絵馬掛所のように絵馬が掛けられるようになっていた。
競泳女子の第一人者、池江選手は東京オリンピックの有力選手でありながら、2019年に白血病を患って選手生活の中断を余儀なくされたニュースを知っている人も多いことだろう。闘病生活をへて競技に復活したのが20年8月のこと。2021年は本格的なカムバックが期待されている。
そう、コロナパンデミックに見舞われた2020年は、スポーツの勝利を願うより前に「スポーツができますように」と祈願しなければならなかったのだ。「大会が早く開かれますように」、「仲間達とまた部活動ができますように」。私たちは池江選手の健康とともに、オリンピック・パラリンピックをはじめとするすべてのスポーツ大会が2021年は無事に開催されることを祈った。
スポーツにおけるパワースポットとでも言うべき亀戸香取神社に背を向けると、神社に続く参道に並ぶ商店街はその名も亀戸香取勝運商店街。勝運とは威勢がいい。なんとなく力強い気持ちになって亀戸をあとにした。
2021年1月公開