必殺のボディ打ちがうまくなった日本人選手
――長くボクシングを見ているお2人に、最近の日本のボクサーはどのように映っているでしょうか。かなりレベルアップしているように思えますが。
香川 素晴らしい選手がたくさんいると思いますよ。映像を見てそこから研究する力が日本の選手にはあるんじゃないですかね。やっぱり映像の進化とリンクしているような気がします。僕らじゃないけど、映像を止めながら細かく見ている選手たちがいるような気がするんですよ。
福田 映像は圧倒的にありますからね。
香川 あと、昔と比べると圧倒的に日本人がボディで相手を倒すシーンが増えたと思いますね。
福田 確かに。
香川 昔は逆だった。みんな外国人選手のボディでコロコロ転がっていたのに。外国人はリーチが長いからみたいな話でね。今は日本人選手がボディで倒しますからね。時代の違いを感じます。
福田 しかも必殺だもんね。ボディは削るパンチなのに、一発で終わらせる選手がけっこう出てますよね。やっぱりU-15(中学生以下の全国大会、2008年に第1回大会開催)の影響もあるでしょうし、教えるほうがビデオを見られる世代になったということもあると思いますね。
香川 いま教えている人たちは40代が多いと思うんですけど、彼らが現役のころから日本のボクシングが進化し始めたと思うんです。「根性だ、手数だ、前に出ろ」だけじゃなくて、ボクシングが多様化してきた。その時代を過ごしてきたお父さんたちがユーチューブの世代とうまくぶつかって広く知識を得られるようになったんじゃないかと思いますね。
――新しいボクシングを吸収した世代がちょうどいま指導者になっているということですね。
香川 そのお父さん世代がソウルオリンピックで燃え尽きちゃったのが韓国だと思いますね。だれもボクシングを教える人がいなくなってしまった。あんなに強かった韓国があんなに弱くなっちゃった。韓国人のOPBF(東洋太平洋)チャンピオンが日本人にとってどれだけ牙城が高かったか。ソウルで挑戦してみんな跳ね返されて帰ってきたんだから。その韓国がぱったりですからね。
福田 昔はベク・インチョルがジュリアン・ジャクソンと対戦(1987年11月、WBAスーパー・ウェルター級王座決定戦)したりしてたのにね。
香川 ファン・ジュンソクだってドナルド・カリーとやったんだから(1983年2月、WBAウェルター級王座決定戦)。日本と韓国のボクシングに関する数奇な運命の違いというのは、検証する価値があるんじゃないかと思いますよ。
現役最高ボクサーの一人、ワシル・ロマチェンコ(左) 提供=福田直樹氏
――世界の現役トップボクサーをどのようにご覧になっていますか?
香川 様式美タイプには難しい時代になったかもしれないですね。
福田 ボクシングがいきつくところまでいきついちゃった感じはありますね。
香川 歴史を汲むというよりは、個人の天才ぶりが突出している感じがします。歴史の漉し出したスープをおやじから受け継いで絶やさずに守り続けているというよりは、突然変異のスープを持ってきて「これうまいでしょ」っていう感じがしますね。
福田 ワシル・ロマチェンコ(五輪2大会金の3階級制覇王者。ニックネームは“ハイテク”)や、ギジェルモ・リゴンドウ(五輪2大会金の2階級制覇王者)みたいな選手が出てくるとボクシングがいきつくところまでいっちゃったという感じがします。ハンドルでいうところの遊びがないというか、遊びが許されないボクシングですよね。
香川 機械っぽくなったよね。手作りの職人のという感じがしない。僕らは職人感がほしいんですよ、たぶん。職人が弓を張ってギューッと引いて矢を放つ感じの。
福田 なくなったね。
様式美に逆風の時代でも繊細さを追い求める
香川 まったく関係ないんですけど、いまはやりのトランクスってあるじゃないですか。みんなスポンサーの広告をベタベタ貼り付けて、全部テカテカしていて、グローブと色を合わせて。そのグローブもテカっとしていてね。なんか味がない感じがする。あのトランクスとグローブが一体化して鉄っぽい感じ、マシンっぽい感じに見えちゃうところはありますね。
福田 グラントのグローブなんてメカみたいだよね。まあ、ああいうトランクスも昔はヨーロッパ的でいいと思った時期もあったけど。
香川 そうなんだけどあまりにもみんななびいちゃってて。なんかもうちょっと無地のところが見たいというか。
――お話を聞いていてつくづく思うのですが、2人はなぜこんなに気が合うのでしょうか?
香川 やっぱり価値観だと思うし、ボクシングとしか言いようがないんですよね。ボクシングという野球とかじゃないマイナーなスポーツに同じ価値観を注入できるという。
福田 不思議ですね。無理して合わせたつもりはないですけど、意見はほとんど合いましたから。40年ぐらいずっとですからね。
香川 ボクシングって一見ああいう殴り合いでね、根性だけを試されて、女の人が「見たくない」というようなスポーツが、ほじってみるとこんなに技術と科学とセンスと決意とスピードと、いろいろな要素がブロックを積み重ねるようにできていて、その構造を分解して楽しめるスポーツなんですよ。
福田 命がけのほんとに厳しい世界が、そういう繊細なもので組み立てられているという魅力ですね。
香川 もちろん殴り合いだし、減量もあって厳しくて苦しいスポーツです。でも実はその上に乗っているところが好きで、そこ(厳しいとかそういうこと)は1ミリも言いたくないんですよね。それは当たり前だから。そういうストーリーが好きな人もいて、まったく否定しないんですけど、僕らはそういうところは一切いらないんですよ。
福田 そう、これからもその繊細なところを見ていきたいですね。それが我々にとってもボクシングの魅力ですから。
終わり
2020年12月公開