はかなくも愛すべきボクサー杉谷満
心に焼き付いて離れないロサリオvs.チャベス
――これまでのお話でお2人の好みやボクシング観がだいぶ伝わってきました。その中ですごく好みだったけど大成しなかった選手というのはいますか?
香川 杉谷満じゃないかな、やっぱり。杉谷兄弟の弟のほうですよ(兄の実は元日本ジュニア・ウェルター級王者)。拳士くん(北海道日本ハムファイターズ所属のプロ野球選手)のお父さんですよ。僕らは杉谷が好きだったんですよね。弱さもあったし、それでいて左フッカーだったし、右も強かったし。
福田 ちょっとラテンぽい感じはあったよね。組み立てがね。
香川 だからいま日ハムの拳士くんを見ていると、なんだかお笑い枠に入れられてるけど、「あんたのお父さんすごかったんだぞ!」と言いたくなる。なんとなく親子で似ているよね。
メキシコの英雄、フリオ・セサール・チャベス=提供:福田直樹氏
福田 海外で我々のベストの試合を紹介するとロサリオvsチャベス(※)なんです。
※1987年11月、プエルトリコのWBCライト級王者エドウィン・ロサリオにメキシコの英雄フリオ・セサール・チャベスが挑戦し、チャベスが11回TKO勝ちで2階級制覇達成。
香川 あれは良かったね。僕はチャベスも好きなんですけど、ロサリオのあの「もうちょっとはしょればいいのに!」というステップが好きなんですよ。
福田 1回いいのが当たってすぐに攻めればいいのに、蟹歩きみたいのをやらないと気が済まないんですよ(笑)。
香川 だってホセ・ルイス・ラミレスに王座を奪われた試合だって、蟹で勝手に回っているところにボディで詰められてやられたような気がするもんね。
福田 あとはジェームズ・トニーvs.アイラン・バークレーとか(※)。トニーが素晴らしかったですね。
※1993年2月、トニーがIBFスーパー・ミドル級王者バークレーに挑戦して9回TKO勝ちで2階級制覇達成。ともにアメリカ人。
香川 素晴らしかった。トニーも晩年はデブデブでしたけど、やっぱりセンスはあったと思う。それこそトニーとロイ・ジョーンズ(※)だったらトニーのほうが僕は好きなんですよ。あのねっとりした感じで追求していく感じがね。ジョーンズはやっぱり才能じゃないですか。トニーは様式美でカチッといこうとするという。
※のちに4階級制覇を達成するジョーンズは94年11月、IBFスーパー・ミドル級王者だったトニーを下して2階級制覇を達成。
海外生観戦ならトリニダードvs.バルガスが最高試合
福田 なんだかんだいってフェリックス・トリニダード(プエルトリコの3階級制覇王者)が我々の中では一番完成されたスタイルかもしれないですね。
香川 トリニダードvs.フェルナンド・バルガス(※)を生で見れたのは誇りですよね。最後にステップを変えて左フックを合わせてというのはトリニダードじゃないとできないし、あれはプエルトリコの100年が生んだステップですよ。ほんとに。
※2000年12月、WBAミドル級王者のトリニダードがIBF同級王者のバルガスと統一戦を行い、トリニダードが最終12回TKO勝ち。
多くの名勝負を演じたフェルナンド・バルガス=提供:福田直樹氏
福田 両方キャラも立ってた。バルガスは不良っぽいんですけどスタイルは本当に超生真面目で。
香川 バルガスがよくでかいバンでマンダレイベイの前に乗り付けて、自分の絵が描いてある車から大量に同じ顔をしたバルガス・チームが降りてくるという(笑)。親族一同みな同じ顔なんですよ。
福田 我々はラスベガスに行くとマンダレイベイを定宿にしていたんです。
香川 そう、横にルクソール(古代エジプトをモチーフにしたピラミッド型のホテル)があって、それを見ながら「宇宙人が来たらここが狙われるな」とか言ってた(笑)。まあ、いずれにしても海外で見た試合のベストバウトはトニリダードvs.バルガスだね。
福田 最初の海外はレナードvs.ハーンズ2だったかな(※)。
※1989年6月、中量級のスーパースター、シュガー・レイ・レナードとトーマス・ハーンズがスーパー・ミドル級で再戦。結果はドロー。
香川 ラスベガスのシーザースパレスだ。目の前の席にケン・ノートン(元世界ヘビー級王者)がいたんだよね。
福田 2人で同じような背広を来て行ったのを覚えてますね。
香川 もうザ・タッチですよ(笑)。
福田(左)と香川。ボクシング観戦で訪れたラスベガスにて=提供:福田直樹氏
おそろいのボクシングウェアでグアムを歩く
福田 好みも一緒だから同じような背広を買って。話は違うけどリングジャパンから昔、クロンク(ハーンズらを輩出したアメリカの有名ボクシングジム)のランニングを1人5枚ずつくらい買って。
香川 買ってた、買ってた。黄色と赤のハーンズとかが着ていたランニングでTシャツの上から着るという。
福田 それをグアムとかでおそろいで同じ着方をして。
香川 異常だね(笑)。
――グアムとかハワイにはアメリカのボクシング中継を見るために?
香川 そうです。最初はムガビとハーグローブ(※)の試合ですね。ムガビが20連続くらいKO勝ちしてたのかな。ハグラーに挑戦する1年くらい前。それでグアムならアメリカ領なのでテレビ中継があるんじゃないかということで行きました。大学生くらいのときかな。
※1985年3月、飛ぶ鳥を落とす勢いのジョン・ムガビがエアール・ハーグローブに初回KO勝ち。翌年にミドル級3冠王者マービン・ハグラーに挑戦してプロ初黒星となる11回TKO負け。
――お2人とも飛行機が最初は苦手だったと伺ってます。
福田 そうです。だから一つのウォークマンに二股のイヤホンを2人でつけて、離陸のときが怖いんで2人で映画『トップガン』の曲を聞いて。
香川 そうだったね(笑)。
福田 栄光の音楽みたいなのがトップガンにあって、無事に着陸したらそれを聞いて。
香川 「オレたち、勝ったな」みたいな。
福田 1度朝に到着したとき、飛行機の窓から朝日がサーッと入ってきて、それが幻想的な曲とものごい合っていて思わず2人で目を合わせたことがありましたね。
香川 なんだよそれ(笑)。
2020年12月公開