――初めて日本財団パラリンピックサポートセンター(以下パラサポ)の施設に入りましたが、とても働きやすそうな仕事環境ですね。29のパラリンピック競技団体と関係団体がシェアしていて、壁やドアで仕切りがない。風通しの良さが伝わってきます。
「2015年当時は、それぞれの団体の基盤が弱くて、事務局が担当者の自宅にあることもありました。ならばすべての団体を集めましょう、と。でも魅力がなかったら、集まってもらえないじゃないですか(笑)。専門家やデザイナーさんたちに相談しながらユニバーサルな環境にしました。外国から来るお客さんも『素晴らしい施設だ』と言ってくれますよ」
――車いすで対面通行できたり、段差がないようにしたり、障がい者に対する配慮が至るところにあります。
「障がい者に対してだけではなく、誰にとっても仕事をしやすい環境にしているつもりです。我々はダイバーシティ、インクルージョンの社会を目指しているわけですから」
――そうですね。D&I社会がこのパラサポから感じることができます。そしてそれは時代のニーズと言えるのかもしれません。
「近代オリンピックを提唱したのがピエール・ド・クーベルタン男爵です。19世紀後半から20世紀前半にかけて欧州は戦争に明け暮れていて、平和こそが時代のニーズでした。それがオリンピズムになっていきます。現代の社会のニーズにどう応えていくかが、私は大切だと思っています。その意味ではクーベルタンの理念を、現代においてはパラリンピックが引き継いでいるとも言えます。誰もが活躍できるD&I社会の実現に向けて社会を変えていきたい。そのためにはパラリンピックの力が必要だと考えています」
――パラリンピック、パラスポーツにタッチするだけで意識が変わるきっかけになる、と。実際、山脇会長はその経験をされています。
「サラリーマンが会社から〝これをやれ〟と命じられるとしますよね。無理だなと思ったら、できない理由は10個くらいすぐに挙げられると思うんです。でも逆に〝どうしたらできるか〟をあまり考えない。パラアスリートは、どうやったらできるかを考えます。ちょっと工夫するだけで、できなかったことができるようになる。でも何より競技を見ていただきたい。心の底から〝凄い〟って思うはずですから」
――山脇会長は誰よりも熱烈なパラスポーツファン。多くのパラアスリートとも接しています。そこからも何かインスパイアされることってあるのでしょうか?
「たとえば水泳の金メダリスト・河合純一さんと話をしたときに『私は目が見えないだけで健康です。不便ではあっても不幸ではありません』と言っていたのが印象的でした。障がいという認識はないと思うんです。マインドセットをポジティブに置いて、できることに集中しているんですよね」
――まさにImpossibleがI’m possibleになるんですね。その瞬間を目にすれば、確かに自分が持っている意識も変わっていきやすいと言えるのかもしれません。7年前に山脇会長がIPC理事に選ばれて、いろいろと改革を進めてきました。パラサポが打ち出しているソーシャルチェンジ」の手応えを教えてください。
「教育・研修・体験などのプログラムや各種イベントなどによって、パートナー企業さんの協力やメディアの露出も増えてきて7年前と比べれば、かなり進歩してきたとは思います。しかし社会を変えるにはこれを続けていかないといけない。パラリンピックが成功したら社会も変わるわけじゃありません。大きなきっかけにはなると思いますが、勝負はそこからです。今、レガシーになるものを、と7割くらいできていますが、これを10割にしないといけません。そこからさらに行動していくことでソーシャルチェンジにつながると考えています」
――新型コロナウイルスの感染拡大に伴って、東京オリンピック・パラリンピックは来年に延期されました。ここもプラスに捉えていらっしゃいますか?
「コロナ禍でスポーツを観る環境も一変しているので、ロンドンのような熱狂があるかどうかは不確定要素にはなりました。一方、原点に戻って簡素化やしっかりしたコロナ感染対策を計画しています。この1年はパラスポーツを知ってもらう機会が増え、様々な応援スタイル・文化が生まれ、時代に即したサステナブルなこれまでとは違う最高な大会になると思います」
――ロンドンのように意識が変わる大きなきっかけになることを、私も期待しています。
「私がかかわった最初のころはパラスポーツの競技大会では観客席には家族と関係者しかいませんでした。認知度を高めるために、普及させるためにいろいろとやってきてメディアも毎日と言っていいくらい取り上げてくれるようになりましたし、人々の関心も高まってきました。イギリスはパラリンピックによって障がいに対する意識が変わりました。周りからは〝日本じゃ無理だ〟とも言われましたよ。でも僕は、絶対にできると思っていますから。我々としてはこれからも、できることを精いっぱいやっていきたいですね」
広々とした日本財団パラリンピックサポートセンターのエントランス。パラサポのスペシャルサポーターである香取慎吾さんが描いた大きな壁画が迎えてくれます
山脇は今年1月、日本パラリンピック委員会(JPC)の委員長を退任している。新委員長にはインタビューのなかにも登場した河合純一氏が就任。45歳のパラリンピアンにバトンを渡したことも、「ソーシャルチェンジのために若い世代に頑張っていただきたい」という思いからであろう。
パラサポ会長としてパラアスリートの環境整備に力を入れていることも付け加えておきたい。
2018年6月には日本初となるパラスポーツ専用体育館「日本財団パラアリーナ」をオープンさせた。ユニバーサルデザインのアリーナは、選手の日常練習に開放され、オープン以来コロナ感染拡大以前まで、稼働率はほぼ100%となった。
イギリスに負けない、大きな意識変化を。
地殻変動は始まっている。ソーシャルチェンジで日本が大きく変わる準備は整いつつある。
パラのミライ 終
2020年10月掲載