岩佐亮佑は「やればやるほど伸びていった」
「そのトレーニングシャツ、なかなかかっこいいね」
「でしょ。これがアメリカに行ったときに」
「何か岩佐のイメージに合ってるよ」
「ハハハハハ」
ストレッチをするIBF世界スーパーバンタム級暫定王者の岩佐亮佑に声を掛ける中村正彦ストレングス&コンディショニングコーチ。リラックスした雰囲気から始まるトレーニングセッションは、徐々に真剣モードになっていく。
元同級王者であった岩佐は2019年12月、アメリカ・ニューヨークでマーロン・タパレスと同級暫定王座を争い、11回TKO勝利でベルトを獲得した。強打者のタパレスに対して果敢に打ち合い、左カウンターを合わせて見事に沈めている。タフネスぶりを見てもフィジカルトレーニングの成果があらわれた試合だと言っていい。彼のプロキャリアのなかでもベストバウトではないだろうか。「A SIDE STRENGTH&CONDITIONING」でのトレーニングを見てもモチベーションの高さがうかがえる。
中村が岩佐を指導するようになってから、まだ3年も経たない。
2017年9月に初めて世界チャンピオンとなったことを機に、岩佐の強い希望があって中村のもとへやってきた。
ストレングス&コンディショニングという観点から見れば、まったくの手つかずの状態だったという。ボクシングジムでのトレーニングとロードワークだけで体づくりをしていた典型的なボクサーだ。
「岩佐の試合を見ていましたから、会う前から大体のことはつかめていたつもりです。やっぱり体力的なものが乏しいし、本人もその部分で自信を持てていない。
目もいいし、体の動かし方、使い方もセンスがある。でも村田(諒太)が持っているような出力系の体力、筋力がない。やることはいっぱいあるなって感じました」
週2回のセッションは、ひたすら高強度のインターバルトレーニングと下半身の筋力トレーニングに明け暮れたという。
体力、筋力、持久力。出力系を上げていくことに腐心し、「やればやるほど伸びていった」。手つかずの分、向上の余地が多分にあったのだ。
しかしながら2度目の防衛戦となったテレンス・ジョン・ドヘニー戦(2018年6月)はフィジカルのレベルアップを披露できないまま、0-3判定で敗れてしまう。
岩佐もさることながら、中村にとっても悔しい敗戦だった。
「むちゃくちゃ悔しかったです。最初、紙に何も色を塗っていないようなまっさらな状態でここにきて、そこに色を塗っていったわけです。あれだけ一生懸命トレーニングして、数値もグンと伸びていましたからもっとやれたはず。だから僕も歯がゆかったですよ。今思うと、本当の意味で自分の体力に自信が持てていなかったんでしょうね」
負けたら、今の練習を一段階引き上げてハードにする。
この方針は村田のときもそうだった。足りていないから、勝てない。岩佐ともじっくりと話をして、そう決めた。自信とは自分を信じること。人に与えられるものではなく、それは己でつかまなければならない。
自信は顔つきを見れば分かる。いや寄り添っていれば、自然と伝わってくる。
ハードなトレーニングを重ねていくことで、岩佐は自信を持つようになっていた。2019年2月にアメリカ・ロサンゼルスでセサール・フアレスとのゴツゴツした消耗戦を制したことも大きかった。
タパレスとの試合に向け、中村は体づくりを任された立場から岩佐にこのようにアドバイスを送っている。
「前半から飛ばしても大丈夫。とにかく自分のペースで戦っていけば、タパレスは疲れて絶対、体力が落ちてくるから」
つまりそれだけのトレーニングを積んできたということ。
ワットバイクのトレーニング一つ取っても強くイメージさせた。疲れてもペースを落とすのではなくキープしていく。そうすれば相手は耐えきれずに、落ちてくる。そのときが岩佐にとって最大のチャンスになるのだ、と。
そうやってアメリカに送り出し、中村は日本で朗報を待った。
体力を向上させてきたという絶対的な自信。岩佐にそれが加われば元々のボクシングセンスが活きると信じた。
タパレス戦の後に届いたメッセージ
中村がイメージしていたどおりの展開になった。
果敢な打ち合いによってお互いに体力を消耗しながらも、岩佐はペースを落とさない。必死に対抗しようとするタパレス。11回のKOシーンはまさに体力的に落ちてきたところをしっかりと捉える形になった。
「タパレスは疲れて、ちょっと雑になっていましたよね。下がりながら不用意にジャブ出して、そこにカウンターを合わせて……。岩佐が得意とするパターン。本当に見事でしたし、相手に差をつけられる体力になっていました。僕が担当するフィジカルのところだけじゃなくて、ボクシングの練習も凄く良かったんだと思いますよ」
試合が終わってすぐ、中村のもとにメッセージが届いた。
「トレーニングの成果、バッチリ出ました。ありがとうございます」
感謝の一文が、うれしかった。
トレーニングはやらせるものではなく、一緒になって能動的にやっていくもの。岩佐ともその関係を築いてきた。
努力は報われるはず――。岩佐が再び世界のベルトを手にすることを中村は信じていた。
タパレスとの試合が終わっても、岩佐は毎週きちんと中村のもとに通っている。
そのトレーニングは熱気が伝わってくる。現状に満足しているわけではないと言うように。「まっさらな紙に色を塗っていく」作業を楽しむように。
2020年7月公開