二宮 インタビュー後編は本から離れて、村田さんを継続して追ってきた山口さんの個人的な思いをうかがいたいと思います。
山口 私は2012年のロンドンオリンピックで彼の金メダル獲得を直に取材していて、プロに転向した際、何か根拠があるわけではないんですけど、世界チャンピオンにはなると思っていました。
二宮 それは僕も同じですね。根拠はないですけど(笑)。ミドル級で金メダリストですから。ゲンナジー・ゴロフキンでも銀メダルでしたし。
山口 順調に結果を残していけば、世界で実績を誇る帝拳ジムがマッチメークをやっている以上、タイトルマッチまでは行くと思っていましたし、名を上げていければゴロフキン、カネロ(サウル・アルバレス)のいずれかと戦えるかが最大の興味になる。そこまでたどり着くことを個人的にも楽しみにして取材をしていました。
(試合撮影・高須力)
二宮 実際、近づいていくことになります。
山口 二宮さんとも一緒に取材したラスベガスでのロブ・ブラントとの試合(2018年10月)に勝てばゴロフキンという話でしたけど、そこで0-3判定負けで一度振り出しに戻ります。そこからリマッチで2回TKO勝ちして、スティーブン・バトラーにも5回TKOで勝って、そうしたら今度はカネロ戦が浮上したんですよね。帝拳の本田明彦会長や村田さん本人にもあのときは結構取材しました。結果的には流れてしまったんですけど、そうしたら今度は新型コロナウイルスの猛威が……。
二宮 世界のスポーツ自体がストップして、それはボクシングも。村田さんは結局バトラー戦から試合が遠ざかります。他のボクサーとの対戦も流れ、これは本書にもありますが、7回の中止と延期を経て、あのゴロフキン戦に至ったわけですよね。
山口 2022年4月9日になったといっても、コロナ禍で一体どうなるかなという思いは私もありました。ただ実現しないと〝村田諒太物語〟は終わらないだろう、と。ここまで大変な道のりも、ゴロフキン戦にたどり着くから意味を持ったと思います。
二宮 今度こそ大丈夫じゃないかと僕もあのとき思ったんですよね。12月の試合が延期になってもゴロフキンが受けたってことは、やっぱりこの試合を両者が大切にしている感じが伝わってきましたから。ファイトマネーも両者合わせて20億円以上だとか。今振り返ってみても、よく実現したなって思います。
山口 マイク・タイソンが東京ドームで2度試合をしましたけど、日本のプロボクシング興行としてはそれ以来となる超大物ボクサーの来日。かつ対戦相手が日本人の世界チャンピオンですから、「日本ボクシング史上最大の一戦」と言っていいでしょうね。
(試合撮影・高須力)
二宮 山口さんはどんな試合になると、予想していましたか?
山口 ファイターの2人が戦ったらこうなるんじゃないかという展開は大体予想がつくわけです。パンチ力があり、百戦錬磨で経験豊富なゴロフキンに対して、スタートでリードされたら勝ち目がないとか、ボディーを攻めなきゃいけないとか、下がったらやられるとか、村田さん自身もボクシング関係者もファンもメディアもそこはほぼほぼ共有されていました。村田さんが勝つなら、これとこれとこれをやらなきゃいけない、みたいな。みんなが思っていることを100%とは言わないまでも、彼はやっていきましたよね。
二宮 2、3ラウンドは夢、見ましたよ。ゴロフキンのジャブに後退をよしとせず、距離をつぶしてボディーを狙って。ゴロフキンが腰を折り曲げたシーンは思わず僕も「効いてる!」って声が出てしまいました。
山口 あの2、3ラウンドを見て、私も正直勝てると思いました。あんなに手に汗握って興奮した試合はないんじゃないかな。
二宮 しかし、ここからペースを奪い返すのがゴロフキンの凄いところ。ボディー打ちを防ぎつつ、ブロッキングのわずかな間を通して的確に当ててくるようになります。
山口 そこからのもうひと山というのはさすがゴロフキンと言うほかないですね。
二宮 本当にいい試合でした。結果は村田さんの9回TKO負けでしたが、会場にいた誰もが両者に惜しみなく拍手を送り続けていました。
山口 この試合の後、ちょっと仕事が手につかない感覚になりましたからね。思い入れもそうですけど、それほどインパクトがあった試合だったと思います。やっぱりブラントにラスベガスで負けてから吹っ切れたことも大きかった。それまでは負けが許されないボクサーでしたから。
二宮 自分のスタイルはこうだって、明確になりましたもんね。
山口 彼のボクシングスタイルは軽量級では観る者が心躍るものではない気がするんです。そこはミドル級だからこそ、あのファイタースタイルは訴えてくるものがある。私はそう思いますね。
(試合撮影・高須力)
二宮 生き方もそうですけど、小細工しないのはボクシングスタイルにもよくあらわれている。そこも惹かれてしまうところなのかなって思うんですよね。
山口 インタビューするときって、他のアスリートならテーマや質問事項をきっちり決めていくことが多い。でも彼に対しては丸腰がほとんど。フィーリングで出てきた言葉をつなげていったほうがいい記事になる。要は言葉を持っているんですよね。
二宮 よく分かります。
山口 そのときによって話が変わったりするのも彼らしい(笑)。
二宮 人間なんだから思うことが変わってくるのは当たり前、と彼は受け止めていますからね。そのあたりも含めて、さらけ出す姿は人間的な魅力と言えるでしょうね。だからこの本を読むと、村田諒太の人間性がよく伝わってきます。
山口 強引に本の話に戻しましたね(笑)。
二宮 そろそろ締めと思いまして(笑)。
山口 この本を読んでいただいたある編集者の方から感想をいただいて、「どこにでもいそうな兄ちゃんだから共感できる」と。なるほどなって思いました。「自己肯定感が低い」とか、「承認欲求が強い」とか、確かにどこにでもいそうだなって。自分をさらけ出したうえで、何か感じてもらえればいい。きっと彼はそう思っているだろうし、それが読む人に伝わっているとすればうれしいですよね。僕もこれまで取材してきた村田さんの著書に、編集協力として携われたことを喜びに感じています。
(終わり)