南太平洋のソロモン諸島は大小100ほどの島からなる国。視覚に障がいのあるフットボーラー、松本光平が首都ホニアラの地にやってきたのは2024年3月のことだった。OFCチャンピオンズリーグ(OCL)に出場するソロモン・ウォリアーズと契約し、オセアニアでプレーするのは6カ国目となった。
到着早々にハプニングがあった。
現地に到着する前に地元メディアがウォリアーズ入りを報じたそうだが、J3でプレーする選手と間違えられたとか。経歴やポジションなど2人の情報が混在していたという。
「言わば〝オセアニアサッカーあるある〟。もちろんクラブは僕のことをはっきり認識しているんで、まったく問題はありません。あまりきっちりしていないところも慣れているんで(笑)」
高音多湿の環境下のため、練習は何と早朝6時から始まる。国内リーグの代表的なクラブであるウォリアーズのレベルは思った以上に高かった。
「オセアニアの選手は体が大きくて、サッカーもフィジカルに頼るイメージがあると思うんです。でもウォリアーズはパスをつないで足もとの技術を大切にするチームで、体のサイズも自分くらいの選手が多かった。ロングボールも蹴らないし、面白いサッカーをするチームでした」
ソロモン・ウォリアーズでプレーする松本光平 ©Phototek NZ
生活拠点は、オーナーから用意された大学の構内にある宿泊施設。とはいっても、そこで寝泊まりしているのは松本一人だったという。練習が終わって施設に戻ってくると、80mほどある廊下でダッシュやシャトルランなど個別トレーニングに取り組んだ。
宿舎といってもキッチンはなく、食事は大学構内の学食で済ませていた。
「メニューがいろいろとあるわけではなくて、バナナにカレー味とかついていて、それにライスがついているだけ。これを昼と夜、食べるんですけど、アスリートとしての栄養としては十分じゃないため市場に行って野菜とか魚を買うんです。魚はチームメイトにさばいてもらって、電子レンジで温めて食べていましたね」
日本から個人スポンサーや知り合いにサラダチキンや豆腐など食料を送ってもらったものの、しっかり届いたのは1回だけだった。
「国際郵便と国際宅急便で何度か送ってもらったんです。でもはっきりした住所がないためか、1度届いたのもたまたまって感じでした。受け取るにもこちらが取りに行かなきゃいけないし、日本から届けてもらうのは断念しましたね」
不自由があっても気にならない。サッカーをやれるだけで幸せという思いが松本にはある。
オセアニアを中心に活動していた彼が不慮の事故に見舞われたのはコロナ禍にあった2020年5月のこと。ニュージーランドのハミルトン・ワンダラーズに所属していた彼は、自宅の寮でトレーニングをした際にゴムチューブの留め具が外れて目を直撃。右目は見えなくなり、左目も「プールの水に浸かっておぼろげに見えるくらい」まで視力を落とすことになった。
日本に帰国して右目を手術。回復率1%という可能性に懸けた。結果的に好転することはなかったものの「眼球を摘出せずに残せたんだから良かった」とポジティブに受け取っている。
術後は1カ月以上に及ぶ絶対安静でベッドから動けなかった。体重は12㎏も落ちた。歩くことからリハビリを始めるとふらついてはこけ、気分が悪くなって吐いてしまう。それでもめげることなくやり続けてスピードを上げてランニングができるまでになり、手術から3カ月後にはボールを蹴るトレーニングに着手できている。
「最初はトラップも全然できませんでした。飛んできたボールに驚いて思わず避けてしまう。違う競技になっていましたね(笑)。でも慣れてさえしまえばどうにかなる」
〝復帰プロジェクト〟を後押しするサッカー仲間や協力者も次々にあらわれ、対人プレー、ミニゲーム、試合形式と1つずつクリアしていった。
めげることなくトレーニングを続けて、フットサルのFリーグにチャレンジすることを決意。2022~23年シーズン、彼はF2のデウソン神戸に加入する。
「フットサルのゴールって本当に小さくて、どこにどう打ったら入るんだっていう感じだったんですよ。それがやっていくうちに空いているコースにどう打てばいいか感覚的に分かるようになっていきました」
脳トレの成果で視力自体は弱くとも、少ない情報を最大限に活かせるようになった。そればかりか眼球運動の反復によって苦労していた浮き球の処理にも困らなくなった。
極めつけのトレーニングはデウソンが練習する体育館に早めに到着して行なう高齢者に混ざっての卓球だった
「おじいちゃん、おばあちゃんと言ってもガチ勢なんです。自分の目のことは伝えてなくて、ペアで戦うとおばあちゃんにミスするたびに凄い怒られて(笑)。早くうまくならないと迷惑かけると思ってフットサルと同じくらい真剣にやりました。3カ月くらいはラケットになかなか当たらなかったけど、段々感覚がつかめるようになって最終的にはそのおばあちゃんからも褒められましたよ。小さいピンポン玉を見失うことなく追えるようになったことは収穫でしたね」
視覚障がいをものともせずリーグ全体で13番目となる9ゴールを叩き出したことは衝撃を与えた。チーム自体は下位に低迷したものの、彼は全試合に出場した。
自信を携えたうえで次のチャレンジへ。2023年夏、古巣ハミルトンとの契約に合意。復活のストーリーに新展開が生まれる――。
2024年8月公開