激闘の余韻が残る東京・後楽園ホール。
ウィル・オスプレイが去っていく背中を見届けた後、25周年のメモリアルマッチを終えた丸藤正道は超満員のファンに感謝を述べた後、こう締めくくった。
「きょうは負けてしまいましたけど、もう一度てっぺん目指して頑張ろうと思います!」
元から用意されていた言葉ではなかった。オスプレイとの邂逅が44歳のプロレスラーの目を「てっぺん」に向けさせたのだった。
丸藤は言う。
「5月にタイトルを獲れず(GHCヘビー級王座戦、対ジェイク・リー)、結果をなかなか残せていなかった。オスプレイに負けたわけだから大満足ではなかったですよ。10年前だったらもっといい試合になっていたとかそんな反応も後で耳にしましたけど、そんなことは自分が一番良く分かってる。でも今の丸藤というレスラーからすれば満足できるところもありました。ポテンシャルは相手のほうが上。でも25年のキャリアで培ったものを使いながらギリギリで対応できた。お客さんの反応も良かったし、まだ丸藤のプロレスは面白いんじゃないかって感じてもらえたことが何よりの収穫。まったく彼の動きについていけず、圧倒的にやられていたらお先、真っ暗でしたから」
オスプレイとの一戦が自分に希望を持つ吉と出るか、それとも自分に失望してしまう凶と出るか――。前者だったからこそ、あのフレーズが自然と飛び出した。
オスプレイ戦から2カ月、丸藤はアクションを起こす。
ある音声配信サービスの番組内において「5年後に引退する」と明言したのである。武藤敬司が60歳で引退するなど、プロレスラーの選手寿命は長い。丸藤はケガが続いたこともあって満身創痍ではあるものの、50歳手前での引退はファンに衝撃を与えた。
発言の真意を尋ねた。
「単純に自分のなかで分かっているコンディション。時期を決めておいたほうが、一つひとつ試合を深く、重くやっていけるかな。と。かっこつけるわけじゃないですけど、自分の物語は自分で終わらせなきゃいけない。そこを考えているだけです」
一つひとつを重く、深く。
オスプレイ戦を経て「てっぺん」を見据えていくなかで、またも運命の一戦が舞い込んでくる。過去2度対戦が流れた〝ゴールデンスター〟こと飯伏幸太とのシングルマッチが1月2日、有明アリーナ大会でマッチメークされたのだ。米AEWと契約を結び、〝型破りな天才〟とも称される飯伏との邂逅によってどんなセッションを奏でるのか、ゾクゾクする丸藤がいた。
ただ、この試合が団体最高峰のGHCヘビー級選手権(王者・拳王―挑戦者・征矢学)をセミに追いやってメーンイベントとなったことは物議を醸した。サイバーファイトの武田有弘取締役が「独断」によって決めたことを「note」にて明かしている。丸藤も心苦しさを感じつつも、このように述べる。
「会社(サイバーファイト)の副社長という立場で、プロレスのキャリアとしても上である僕が自分のことばかり考えている、みたいに言う人もいます。そんなつもりはないし、むしろ僕のなかでは結構いろんなことを我慢してここまでやってきたつもりです。全日本プロレスに入門して同期もいなかった。練習して、雑用もやってデビューして、いろんな人と戦ってきてありがたいことに25周年を迎えられた。たとえばこのプロレスリング・ノアを出ていたら、もっといろんなことがやれたかもしれない。でも尊敬する三沢(光晴)さんがつくったノアを絶対に残したくて、ここまでやってきた。お前のノアじゃないだろって言われるかもしれませんけど。でも自分としてはそういう思いを持ってやってきたし、このノアの戦いのなかで自分の夢もかなえられたらいい、と」
もちろんGHCヘビー級選手権に負けない試合内容を示していく自信もあれば、自分らしくノアを背負ってきた自負もある。この逆風を乗り越えていくことが「てっぺん」につながるとも信じている。
「てっぺん」とはGHCヘビー戦線のみを指していない。海外や他団体との戦いにももっと踏み出したいという気持ちが強くなっている。そのためにも飯伏戦との一戦が、試金石となることは言うまでもない。
現代の天才であるオスプレイと戦い、そして次に型破りな天才と対峙することで、どんな化学反応が生まれるのか。
丸藤自身、自分に向けられた方舟の天才というキャッチフレーズをどこか他人事にしているように映る。
「そう言われることは好きでも嫌いでもなくて。そもそも自分のことを天才だなんて思っていませんから。僕が試合をしてみて〝この人天才だな〟って思ったのは三沢さん、初代タイガーマスクの佐山(聡)さん、武藤(敬司)さんの3人。それぞれ天才の種類は違いますけど、僕が頭にあってできないことを自然にできてしまう凄い人たちと戦えたのは僕にとってはラッキーでした」
タイプの違う天才のエッセンスを肌で感じ取ってきたからこそ今の丸藤正道がある。
天才は天才を知る。
ポツリそう言ってしまうと、すぐに言葉が返ってきた。
「天才じゃないっす。僕は丸藤家、4兄弟の末っ子。それだけです」
丸藤はそう言って、豪快に笑い飛ばした。
(終わり)