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Non Fiction
マムシの花道 ver2 VOL.2

<真行寺は受かったとしても、どうせ俺は無理っしょ>

卒業後にどうしたいのか見えていなかった時期に偶然、実現したJ2水戸ホーリーホックの練習参加。修徳高のチームメイトである真行寺和彦はFC東京U-15出身でテクニシャンとして鳴らしていた。小椋祥平が「部では一番うまかった」と認める存在であった。

 自分にあまり期待していなかった分、逆にリラックスしてプレーできた。すると小椋自身にも合格が通知される。

 彼は苦笑い気味に打ち明ける。

「合格というよりも〝ウチに来たいなら、別に来てもらってもいいよ〟くらいのスタンスに感じましたね。積極的に勧誘されたわけではなかったし、自分でもプロでやれそうだなとも思えませんでしたから」

 当時の水戸は観客数も乏しく、苦しい経営を強いられていた。前田秀樹監督を迎えた2003年は最高位の7位まで上昇したが、躍進の立役者だった田中マルクス闘莉王が浦和レッズに移籍を果たしている。それでも補強にはあまりカネを掛けられないという大人の話は耳に入っていた。

<大学に行って親に負担を掛けるよりはサッカーで稼ぐことができるならやるだけやってみようか>

気持ちは固まった。自分の実力がどれほどのものかは分かっているつもり。まずは3年、生き残ることができたら十分。そんな消極的な気持ちで2004年に「Jリーガー、小椋祥平」は誕生したのだった。

 月給15万円。

 水戸でのプロサッカー選手としての生活が始まった。

 前田監督のもとでサッカーに打ち込む毎日だった。高校時代と違って自分の時間が増えることになったものの、おカネもなかったために遊ぶこともなかった。

「寮費と食費で月々5万円ひかれて、そのほかも税金とか、選手会費とかあって生活は苦しかったですね。昼ごはんは先輩たちにごちそうになっていました。寮も最初の2年間は結構古い建物で、六畳一間。元々どこかの会社の女子寮だったようで(共用の)トイレも立ってするところがない。最初のころは練習して車の免許を取りに自動車学校に行って寮に戻るっていう生活でした」

 可愛がってもらった先輩は同じ千葉出身の関隆倫。大宮アルディージャからこの年水戸に移籍したばかりですぐに仲良くなった。車の免許を取得してからは練習が終わると食事を取って水戸市内のゲームセンターに一緒に行くのが日課。ハマっていたのが競馬育成ゲームだ。高校まできっちりした生活を送ってきただけに、自由な時間をのんびり過ごすこともささやかな夢ではあった。

 練習では常に自分の100%をぶつけようとした。守備を重視するチームスタイルも重なって、ガツガツとボールを奪う持ち味が磨かれていく。体をただ寄せるだけじゃない。奪い取るまでが仕事。元々あった才覚はプロ1年目から急伸する。元々「3年続けられたらいい」「ダメならダメで仕方ない」と割り切って考えていただけに、毎日のグラウンドが勝負でもあった。

「小さいころはスイーパーをやっていて相手がこう来るとかボールの予測は得意なところではありました。相手に対するアプローチも、ボールを狙いながら寄せていく。少しでも相手の意図しないところにボールが転がった瞬間にバチーンと行く。高校時代によく言われてはいたんです。『いいか、アプローチというのは相手を自由にさせないことだ』と。プロに入ってから自分がうまくないことは分かっていますから、ボールを奪うところで勝負していくしかない。そういう強い気持ちはありました」

 ルーキーとはいえ、プロである以上は先輩であっても遠慮はいらない。チャンスがあれば、バチーンと奪いに行く。それだけだ。

「あぶねえよ!」「気をつけろ!」

 先輩から怒りの声が飛んでその場では謝っても、気にしない、気にならない。彼はガツガツをやめなかった。高校からのチームメイトである真行寺が先にプロデビューを果たしたことも闘志に火をつけていた。

 待ちに待ったデビューは7月27日のコンサドーレ札幌戦。右サイドバックにケガ人が出たため、急きょ声が掛かっての出場となった。

「確か試合の前々日か前日に先発を言われたんです。それまで右サイドバックなんか一度もやったことないんですけど、監督に『お前で行くぞ』と言われたら、『はい』と答えるしかない(笑)。でも特に緊張とかもなくて、精いっぱいやれればいいかなと」

 しっかりした守備力を見せつけると、一度切りの起用ではなく継続的に声が掛かることになる。

 そして〝マムシ伝説〟が生まれたのが、9月26日の川崎フロンターレ戦である。エースのジュニーニョをしつこくマンマークして、仕事らしい仕事をやらせなかった。

「とことんやらせていただきました」と本人が振り返るほど、ガツガツを繰り返してイライラさせた。川崎はこの試合に勝ってJ1昇格を決めたというのに、ジュニーニョは水戸のロッカーまでやってクレームをつけた話というはあまりに有名だ。

 相手のサポーターからすれば「誰だ、あのルーキーは?」。水戸サポーターからすれば「オグ、やっぱすげえな」。

 いつしか聞こえてきたのが「マムシの祥平」であり、ACミランのイタリア代表になぞらえて「水戸のガットゥーゾ」。小椋はこのニックネームに有難い思いでいっぱいだった。

「ボールは奪えてもその後が下手とは周りからも言われていたなかで、見ている人にそうやって評価してもらえるのはうれしかった。(ジェンナーロ・)ガットゥーゾも大好きでした。あの人こそガツガツやるし、風貌もカッコ良いじゃないですか。マムシとかガットゥーゾって言ってもらえて、これが自分の勝負できる部分なんだなって思うことができましたから」

 チームはなかなか勝てず、9位止まり。だが小椋は自分の地位を高め、2年目、3年目と主力ボランチとして飛躍を遂げていく。チームの順位こそ上がらなかったが、目標としていた「まず3年間をプロで」を突破した後にその成果が目に見える形で待っていた。

 この年のシーズンオフ、反町康治監督率いる北京オリンピックを目指すU-22日本選抜メンバーに入り、カタール国際トーナメントに出場した。これまで呼ばれてきた主力メンバーではなくテストの意味合いが強かったものの、頑張ればオリンピックを目指せるポジションに自分がいることに気づかされる。

 高校時代の苦い記憶が頭に残っていた。うまいヤツと一緒にプレーした国体でサッカーをやめたくなったほどショックを受けただけに「行きたくない」が先にあった。

 代表に慣れている選手なら知っている顔も多いだろうが、小椋にはそんな選手もいない。劣等感と疎外感は、もう味わいたくはなかった。

 しかしいざ代表に飛び込んでみると、高校時代とまったく違う感情が芽生えてきた。楽しいと思えた。自分も通用すると思えた。もっとこの環境にいたいと思えた。

「最初は嫌だなあと思って行ったんです。でも練習にもついていけるし、俺ってもっとやれるんじゃないかって思うようになっていったんです」

 元々、社交的な性格ではなく、一匹狼ならぬ一匹マムシタイプ。だがそんな小椋も孤独ではなかった。当時J2のサガン鳥栖でキャプテンを務めていた高橋義希とは不思議とウマが合った。

「お互いに似たような雰囲気があっていろいろと話をする仲でしたね」

 同世代からも認められる存在になっていき、U-22代表に呼ばれることが大きなモチベーションになる。既に二次予選を突破した後の消化試合、07年6月6日のU-22マレーシア代表戦のメンバーに選ばれた。先発した小椋は3-1勝利に貢献している。メンバーを大幅に入れ替えて臨んだゲームではあったが、のちに日本代表の主力となる長友佑都、岡崎慎司らもここに名を連ねていた。

 目標は高く――。

 U-22代表に入ったことで、己の意識も変わっていく。欲も出てくる。すると水戸の環境に、物足りなさを感じるようになってくる。クラブへの不満ということではない。上を目指したいという純朴な思いであった。

「それまでうまい選手と一緒にプレーするのがどこか怖いと感じていたところがありました。代表に行って怖いと感じなくなってくると、俺も上を目指していかなきゃいけないと急ぐような気持ちなりました。水戸を卒業して、違うクラブで挑戦しなきゃいけないんだ、と」

 初めて代理人をつけて、移籍先を探してもらった。小椋が考えていた次の挑戦は昇格を狙えるJ2の上位クラブに行くこと。だがそこを飛び越えて、J1で3度のリーグ制覇を誇る横浜F・マリノスからまさかのオファーが届いた。他のJ1クラブからも誘いがあるなかで、F・マリノス行きを決断した。

2023年9月公開

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