本当にサウル〝カネロ〟アルバレスと拳を交える資格があるのか。
本当にゲンナディ・ゴロフキンと戦う権利があるのか。
そもそも村田諒太は「リアル」なのか――。
ロブ・ブラントから力強くWBA世界ミドル級タイトルを取り戻しただけでは、コアなボクシングファンを納得させる決め手としてはもう一つ足りない。
2019年12月23日、横浜アリーナ。クリスマスイブ前日に設定された初防衛戦は、何よりもトップ・オブ・トップの戦いに打って出る力量を見定める意味があった。
結論から先に言えば、資格も権利も、そしてリアルもあった。
8割のKO率を誇り、WBOランキングで1位までアップさせた24歳の勢いあるスティーブン・バトラーに対して実力差を見せつけたうえでブッ倒したのだから。
リング上、世界的なプロモーターである帝拳ジムの本田明彦会長に向けて彼はこうお願いした。
「会長、リアルな試合をお願いします!」
己がリアルだと証明できたことで、カネロ、GGGとの対戦もリアルになった。自己評価に厳しい彼が、力強くそう叫んだ。
いつものように映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」のテーマ曲「He’s a pirate」が流れる。トリプル世界戦のメーンとして〝温まった〟横浜アリーナに、村田諒太が登場する。
曲が村田に寄せているようにも思えてくる。
重厚なボクシングと重厚な曲調がマッチしているだけでなく、無表情のままリングに歩を進めていく様が、強者であることをコーティングしていく。以前は笑みを浮かべながらの入場が多かったものの、こちらのほうが村田のリアルと言える。
感情をコントロールせず、素のままの自分。リングに立つと、大きく見える。ここまで取り組んできたことの自信というものが伝わってくる。
1ラウンド。
挑戦者バトラーがジャブを突いてスタートすると、村田も前にプレスを掛けてジャブから右ストレート、右ボディーストレートと、ジャブから丁寧に組み立てていく。
主導権の奪い合い。左ジャブの差し合い。
リーチが長く、遠い位置から繰り出す強烈な右を武器とするバトラーとすればアウトボクシングをする選択肢もあったが、足を止めてのパンチ交換を厭わない。ジャブで誘い、村田の打ち終わりを狙おうとする。だがここは王者が一枚上だ。村田は間合いを外してワンツーで相手のガードを叩き、左ボディーを当てていく。
バトラーも何とか活路を見いだそうとする。
窮屈な距離からでも右ストレートを2度、3度と狙う。手数も多い。だがここも、ドーンと村田が右を一発放って体に当てると、バトラーのバランスが崩れた。パワーそのものだけではなくパワーの配分、パワーの使い方を含め、村田の充実をうかがい知るには十分な立ち上がりであった。
「(試合前の)控え室で凄く調子がいいなと感じていたんです。パッと終わるかもしれないなって思ったところがあって、初めは狙ってしまって(動きが)硬かったのかな、と。控え室で調子がいいとあまり結果が出ないことが往々にしてあるので〝二の舞にならないかな〟っていう気持ちで戦っていました。
(バトラーは)思ったよりパンチあるな、と。ジャブが硬くて、右も思った以上。ボディーストレートも強かった。いいものを持っている選手だなって思いましたね。24歳という年齢で世界タイトルをやるってなったときに、伸びるようなところもあるとは思う」
つかんだ世界挑戦のチャンスを活かせなかったら、再びいつその機会が訪れるか分からない。バトラーはそのことをよく理解していた。
次の2ラウンド目も含め、バトラーは飛ばし気味に見えた。だが彼自身が意図してきたものかと言われれば、そうとは限らない。
バトラー自身も最初のラウンドで力量の差を感じたはずである。飛ばさないとむしろ王者に突き放されるだけ。そうなると結末は見えている。リスク承知で飛ばし気味にペースを上げていかないと勝負できないと感じたからではなかったか。
一方の村田は逆に「硬かった」反省を踏まえて、2ラウンドに入ると己の有り余る力をコントロールしているように見えた。つまり、狙いすぎない。ジリジリと前に出ていくプレッシャーも効いていて、バトラーの目には不気味に映っていたに違いない。メンタルの駆け引きにおいても、疲労を確実に与えていた。
2ラウンドの終了間際だった。
残り10秒を知らせる拍子木が鳴ったその瞬間、右ストレートが顔面にヒットする。当たりは浅かったとはいえ、距離を置こうとするバトラーの動きが鈍った。ラウンドの終盤に「制御」を解除してジャッジのポイントを渡さなかった。
凄く調子がいい――。
ベルトを奪い返したブラントとの再戦と同じような調整法を取ってきた。実戦形式となるスパーリングにコンディションを合わせていくやり方だ。
元世界王者の浜田剛史帝拳プロモーション代表から受けたアドバイスだった。
「走ったり、フィジカルトレーニングをやったり、いろんなことをやっていい。ただし、スパーリングでいい状態をつくれ、と言われたんです。要はスパーリングが試合に一番近い練習じゃないですか。スパーでいいコンディションをつくれないのに、試合でいいコンディションをつくれるわけがない。浜田さんに言われてから、そう思ってずっとやってきている」
調整法の確立。そして戦い方の確立。これもブラント戦を踏襲している。
前へのプレス、硬いガード、右ストレート。この三種の神器をベースアップすべく、常にリングに根を張るような低い重心を保ち、そこから回転力のあるコンビネーションを繰り出す。下半身を強化することによってジャブも鋭さを増した。
トレーニングではリングの四方にロープを張り、ダッキングやウィービングからパンチを振る光景を見ることができる。攻防を分離させず、効率良くかつ最大限に己の持ち味を発揮できるようになってきた。
自分のペースを抑え気味にして確実にポイントを奪う村田と、自分のペースを上げながらポイントを奪い切れないバトラー。
序盤の攻防によって次の展開が見えてくる。
2ラウンドを終え。コーナーに戻ってギラつかせる王者のその目は、「全面解除」が間もなくであることを示していた――。
2023年8月再公開