二宮 中林先生、ご無沙汰しております。本日は「超レア様に会ってきた!」にご登場いただき、感謝申し上げます。
中林 こちらこそよろしくお願いいたします。僕、そんなにレアですか?
二宮 筋金入りのボクシングファン、歯科医師さん、そしてプロボクサーにアンチ・ドーピングのサポートを行なっているという組み合わせは完全に「超レア様」です。
中林 以前まで日本アンチ・ドーピング機構(JADA)のドーピングコントロールオフィサー(DCO)を務めていました。
二宮 昨年11月、IBF世界スーパーフェザー級王者決定戦でアジンガ・フジレ(南アフリカ)から計3度のダウンを奪って3-0判定で戴冠に成功した帝拳ジムの尾川堅一選手をサポートされました。彼は4年前一度、同王座を手にしながらも禁止薬物の陽性反応が出たためにノーコンテストとなりました。本人からすれば身に覚えがなく、試合当日の検査は陰性。筋肉増強作用成分を意図的に摂取していないことは認められましたが、「出たらアウト」の世界なのでアメリカ・ネバダ州コミッションから6カ月の出場停止と罰金の処分、日本ボクシングコミッション(JBC)から1年間のボクサーライセンス停止処分を受けました。これを踏まえて尾川選手はドーピングについて勉強し、亀海喜寛さん(元日本スーパーライト級王者、東洋太平洋ウェルター級王者)を通じて中林先生と知り合いになったそうですね。
中林 尾川さんは非常に真面目な選手です。たとえば体に湿疹が出たときでも「この薬を使って大丈夫ですか?」と一つひとつLINEで尋ねてきます。僕だけでジャッジするのではなく、知り合いの(ドーピングの知識を持つ)関係者に連絡して1人でも「分からない」という返答だったら、「やめておきましょう」と伝えます。
二宮 それくらい慎重にやらなきゃいけない、と。
中林 日本スポーツ協会(JSPO)にはきちんとアンチ・ドーピング使用可能薬リストがあるんですが、尾川さんもそうですけどそれでも心配で一応、確認してきます。あと食事も写メにして送ってもらってチェックします。
普段は地元の新潟・十日町市で歯科医師として働く中林先生
二宮 尾川選手にインタビューした際、何度も「ボクシングなんかやめてやると思った」と語ったのが印象的でした。
中林 苦しかったとは思います。ただ完全に心が折れてしまっていたら、写メを送ってこないと思うんです。薬のこと、食事のことを写メにして送ってくるということは、続ける意思はあるんだろうなとは思っていました。
二宮 そういうやり取りから、尾川選手の内面も推察していたんですね。〝幻の世界チャンピオン〟ではなく、真のチャンピオンになった姿を観て、どのように感じましたか?
中林 本当にうれしかったですよ。奥さまがマメな方で、試合が終わった後にニューヨークの写真が入った絵葉書を送っていただきました。尾川選手を支えてきたのはほかならぬ、奥さまと3人の子供たち。家族のみなさんのことを考えると、本当に良かったなと思いましたね。
中林さんは世界に向けて再出発した尾川選手をサポートしてきました
二宮 アンチ・ドーピングでサポートをしてきたボクサーは亀海さん、尾川さんはじめ多くのボクサーがいるとうかがっています。元WBC世界バンタム級王者で日本人歴代2位となる12度の世界王座連続防衛を果たした山中慎介さんもそうですよね。
中林 山中さんも「これは大丈夫ですか?」と一つひとつLINEで細かく尋ねてきた人。食事も写メで送ってきて、試合前の減量がどれだけ大変かも伝わってきました。山中さんは「神の左」と呼ばれていますが、私からすれば「神の体」でもあります。ウエイトを変えずに戦うと対戦相手に研究もされるし、スピードやパワーを上げようとすると筋肉をつけるので体重を維持するのが難しい。フィジカルを上げながら体重をキープできるのは本当に凄いこと。これは13度の連続防衛記録を具志堅用高さんにも同じことが言えます。ボクシングの神様から与えられた「神の体」だから、あれだけ防衛を重ねることができたのでしょう。ただ一方で、もの凄い努力があって体重をキープできるということも事実。強いプレッシャーを感じて、食事を体が受けつけないことだってある。それを知って試合を観るわけですから、余計に感動しちゃいますね。
二宮 山中さんの試合でも中林先生の姿はよく会場でお見かけしました。
中林 試合前の控え室に入らせていただいたこともあります。試合を目の前にしてどんな様子なのか感じられたことはとても貴重な体験になりました。同じく(アンチ・ドーピングで)サポートしている岩佐亮佑さんの試合もあったので、招待された席に座ったらコーナー横の、リングが目の前の席でした。
二宮 特等席ですね(笑)。
中林 いや、困ったんです。テレビ中継に映っちゃったんですよ。僕、歯科医院を休んで試合会場に行っているので、「あの先生、東京のボクシング会場にいる」ってバレちゃいますから。
二宮 逆に「先生、凄い席で見てるな」ってなりますよ。サポートしている選手のパフォーマンスを見るのは仕事でもあるような。ただ先生は、アンチ・ドーピングのサポートをボランティアでやっているんですよね。
中林 ボクシングは昔から大好きですから、仕事にはしたくありません。ボクサーのサポートと言っても、質問に対して調べたり聞いたりして答えるだけなので。
二宮 先生は筋金入りのボクシングファン。次回はボクシングとの出会いから聞いていきたいと思います。
※写真はすべて中林靖さんからの提供写真です
2022年2月公開