2018年6月17日。僕はモスクワのルジニキ・スタジアムのプレスルームで写真整理の作業をしていました。つい先ほどまでロシアワールドカップのグループFの一戦、メキシコ対ドイツを撮影していたのです。隣で作業していたオサちゃんがパソコンではなくスマホをイジりながら、チラチラと僕を見てきます。
オ「タカスさん、ちょっと良いですか?」
タ「お? どしたの?」
オ「家主がよく分からないこと言い始めて、、、」
タ「え?」
オ「いや、なんか今夜の12時に部屋を空けろって、、」
タ「あ?」
オサちゃんは今回が初ワールドカップとなるやる気満々の後輩カメラマンで、今回のバディでした。長期出張では気の合う者同士で行動を共にすることで、経費削減と安全を確保するのが僕たちフリーランスの常套手段なのです。
サンクトペテルブルクのエルミタージュの広場にて、手首がモロにでてるマスコットとオサちゃんをパシャリ。
大会前にオサちゃんと全体の旅程を考えました。開幕から4日間はモスクワに留まり、日本代表の試合が始まったらグループリーグが終わるまでは、ベースをカザンに移し、日本代表を優先して各地を転戦(野球でいうロード)して、決勝トーナメントに入ったら再びモスクワに戻ることで話がまとまりました。
ビッグトーナメントで頭を悩ませるのは高騰する宿代です。それはこのロシア大会も同じでした。案の定、モスクワ市内のホテルはどこも高値安定。ホテルの少ない地方はすでに満室でどこも空いていない都市もちらほら。
そこで僕たちが目を付けたのが民泊でした。撮影と移動を繰り返さなければならないサッカーの取材旅行では原則的にホテルを使うのですが、その他の競技、例えば、フィギュアスケートのように数日間、同じ街に滞在できる場合は民泊を使うことが多くなっていました。モスクワにはフィギュアスケート取材で何度か来たことがあって、モスクワの土地勘と民泊事情もなんとなく分かっていたのも、民泊への抵抗を少なくしてくれました。
民泊のメリットはいくつかありますが、そのひとつは自炊ができることです。慣れない街で毎日レストランを探すのは地味にストレスがかかります。短期なら問題ありませんが、長丁場になるとそのストレスは想像以上です。疲れているときに好きなものをササッと食べられるのは、大きなメリットなのです。
また取材と旅の疲れが溜まってくると些細なことでトラブルになりかねません。ワンルームのホテルだとプライバシーを保つことはできませんが、ベットルームとリビングが分かれている少し広めの部屋であれば、一人の時間を確保できます。いくら気の合う仲間と言っても他人です。お互いに配慮をしていても限界があることは、これまでの取材経験で痛感してきたことでした。
ただし、デメリットもあります。それは鍵の受け渡しです。24時間いつでもチェックインできるホテルとは違って、民泊は早朝や深夜だと対応してくれないこともあります。
今回の旅程を組むときに移動方法も調べたのですが、チェックイン時間を優先して、旅程を組めるほど選択肢がないことが分かりました。だから、最初と最後にベースを張るモスクワでは同じ家主の世話になろうと考えていました。
部屋はオサちゃんが候補をいくつか提案してくれました。提案された部屋を確認したときは、ちょっと狭いかな、、と思いましたが、とにかく安さを重視して決めました。たしか一泊一人3000円しないくらいだったはずです。なぜならば、大会前の日本代表の低迷の影響で売上にも影響が出てしまい、最大の焦点はコストをどれだけ圧縮できるかに他ならなかったからです。
そして、選んだお部屋がこちら。じゃじゃん!
ソファーを向かい合わせて寝床を確保するオサちゃん。
ご覧のようにかなり危険な部屋です。まず2ベットルームの表記でしたが、1つはエクストラベットにもならないような代物(画像右側の野戦病院にありそうなやつ)でした。それまで民泊した部屋は古くとも掃除は行き届いていて清潔でした。しかし、この部屋は整理整頓はおろか掃除も行き届いてないというか、一歩間違えれば廃墟と変わらないレベル。
さらに部屋は一階の北向きで日中でも日光が入ることはなく、部屋全体がカビ臭く、チューチューゴソゴソ動き回る同居人までいました。はっきり言って閉口しましたが、最終的に安さ重視で決めたのは僕ですし、狭いながらもキッチンはあったので住めば都「そのうち慣れるさ」と前向きに捉えることにしたのでした。
続くッ
2020年10月公開