南アフリカで開催されるサッカーのワールドカップ。アフリカ大陸で行なわれるのは史上初めてだ。どうしても「治安が悪い国」というイメージがつきまとい、出発前は少々、いやいや結構不安が大きかった。岡田武史監督率いる日本代表は高地対策のため、スイス・サースフェーで事前キャンプを張り、その後南アフリカに移動。密着取材をしていた僕は原稿を掲載する出版社との打ち合わせもあって一度日本に戻った。帰国から中1日で再び成田空港へ。経由地のバンコクまで5時間、そこから10時間。スイスでの疲労も重なって、ぐったりとした状態でヨハネスブルクに到着しました。
6月9日 PORTERには気をつけるべし。
疲れ切った状態でヨハネスブルク国際空港の到着ゲートを出て周りを見渡せば、人、人、人……。オープニングマッチを務めるメキシコからは「Mexico」と書かれた緑のジャンパーを着たオッサン軍団に、ドイツ、イタリアのレプリカユニホームを着た若者など世界各国からじゃんじゃん人が入ってきていた。南アフリカ代表チーム(バファナバファナ)の黄色のレプリカユニホームを着たショップの店員たちはブブゼラを鳴らし、空港からしてお祭り騒ぎである。
ライターのSくん、編集者のAくんと私の3人はその光景に圧倒されながらも、日本代表がキャンプを張っているジョージに向かう国内便のカウンターを探した。
そのときである。
「おい、お前らどこに行くんだ?」
帽子には「PORTER」と書かれてあり、胸には身分証明書まである。
「案内しよう」と逆に声をかけてきた。なにやらいやーな予感。というのも日本を出発する前に「案内役がしつこくチップを要求してくる」との記事を目にしていたからだ。
後ろからついていくと英語が堪能なSくんと案内役はたわいもない会話で大盛り上がり。ズールー語のあいさつを聞いてみたり、逆に日本語のあいさつを聞かれてみたり、なごやかなムードだったのだが……。目的のカウンターに到着すると、会話をさえぎって案の定、チップを要求してきた。
細かい紙幣を持っていなかったのでAくんが代表して払うと、「おい、お前はないのか」である。3人で結局20ランド(240円)をチップとして上げると「あっちだからな、乗り場は」と言い残して消えてしまった。高額のチップを要求されなかったし、案内してもらって正直助かった。だが、あの「チップ」と要求したときの厳しい目つきは忘れられない。チップは快く渡したかったっす。
夕刻にはジョージに到着。宿泊するゲストハウス(貸アパート)の管理人に迎えに来てもらい、先に入っていたライター仲間との集団生活がスタートした。今回、集団生活にしたのは経費節約、情報共有も理由にあるが、安全面も考慮したうえで。
まるで部活の合宿である。
夜はスーパーで買い出しをして、初日のご飯はホワイトシチュー。お鍋でタイ米を炊いた。
仕事をする人もいれば、疲れ果ててすぐ寝ちゃう人も。ベッドの数が足りず、バックパッカーに慣れているSくんは床で熟睡していた。みなさんお疲れさま。長い一日が終わった。
6月10日 南アフリカのビールは大地の味がする?
この日は日本代表がジンバブエ代表と最後の練習試合を行なうということで取材へ。移動はレンタカー。先にジョージに入っていた取材部隊が長距離移動も考慮してベンツを借りてくれていた。数日ぶりに再会した記者やライター、カメラマンの方々にあいさつして、ジョージのメディアセンターへ。大きなプレハブ小屋みたいな感じ。突貫工事とあって少々、雑なつくりではある。しかし無線LANも完備され、仕事をするうえでは申し分ない。
練習試合はスタジアム横の練習施設で行なわれていた。階段をのぼっていくと随分と高いところまでやってきたことに気付く。マンションの5階くらいの高さがあるのに、板2枚ほどの幅しかない通路で見るしかなかった。簡易的なつくりで板の間には下が丸見え。すこぶる怖かった。高所恐怖症の人なら絶対にアウトである。
取材後はスーパー経由で合宿部屋へ帰還。この日はアフリカンビーフでステーキ祭り。かつて居酒屋で厨房を経験したことのあるライターのMくんが腕をふるってくれた。味付け、焼き加減はお見事。食事後、仕事のない人たちはビールを飲んで盛り上がっていたようである。Sくんはなんと6本もビールを空けたとか。彼いわく「アフリカのビールは大地の味がする」そうである。なんだかよくわからないが……。
6月11日 ブブゼラは寂しく鳴り響く。
起きたというよりは起こされた。
この日、待ちに待ったワールドカップの開幕とあって、早朝5時くらいからブブゼラが鳴り響いていた。〝犯人〟は隣の住民だと思われるが、うるさくて仕方がなかった。
ブボォー、ブブボォー、ブフォッ。
これ、おなかに響くのである。このせいで腸が反応してしまい(?)3度もトイレに駆け込んでしまった。町に出ると、多くの人がバファナバファナのユニホームを着て歩いていた。僕たちの顔を見ては陽気にあいさつしてくる。車のなかからも手を振ってくる。夜になると一転して怖さもあるが、昼間はそこまでの怖さはない。
ジョージの人々はキャンプ地の日本を応援してくれる人も多く、よく親切にしてくれる。
午前中に我が合宿部屋もフランス―ウルグアイ戦を取材するチームと、日本代表が向かうブルームフォンティーンに先乗りするチームに分かれた。
私はSくんとブルームフォンティーンへ。
機内ではブルームフォンティーン出身という黒人の中年男性の隣になり、開幕戦(南アフリカ―メキシコ戦)の結果を気にしていた。CAさんに「今、どうなっている?」と尋ね、「まだ0-0よ」と返ってくると、私に「マンデラのひ孫が交通事故で亡くなったんだ。きょうは絶対に勝たなくてはいけない」と拳を握り締めていた。
到着すると乗客のほとんどがバゲッジカウンターに用意されたテレビに一目散。Sくんまで猛ダッシュ。試合は終了間際になっていて、「1点リードしていたけど追いつかれてしまったらしい」と周囲の人から試合経過を聞いたというSくんはまるで南アフリカのサポーターのように残念がっていた。
ブルームフォンティーンは聞くところによると、ジョージよりも危険度は上がるとか。
ここで一つ問題が。
夕方に到着したのでお腹がかなり減っていた。夜は危ないと聞いていたので、私はパンでも買って部屋食を提案したのだが、Sくんが「外にいきましょうよ!」と目をぎらつかせてくる。ゲストハウスの管理人さんに迎えにきてもらってチェックインを済ませた後で、管理人さんお勧めのステーキショップ「SPUR」に向かった。
夜の町は外に歩く者などほとんどいなかったのに、店は大繁盛。店のスタッフ全員が南アフリカ代表のユニホームを着て、次から次へとやって来るお客さんを迎えていた。もはや祭りである。我々は周囲の盛り上がりに溶け込んで、店にあるテレビでフランス―ウルグアイ戦の直前情報を楽しみながらビールを胃に流し込んだ。
おっ! なるほどビターでおいしい。ステーキも700円ぐらいでお腹いっぱいになる。
きょうは何のハプニングもない、いい一日だと思ったら……。
フランス―ウルグアイ戦をゲストハウスで見ようとタクシーをお願いしても、まったく来ない。すると次から次へと違う店員さんが僕らのもとにやってきて「どうしたんだ? タクシーか? 待ってろ」とみんなで協力して手配してくれたのである。少し遅い時間だったこと、店が中心部より離れていたこと、雨だったことなど諸事情もあったが、何とか交渉してくれて呼んでくれたのだった。
肉やビールの味も最高だったが、この店の人たちも最高だった。タクシーに乗り込むまで見送ってくれて、本当に感謝である。
そしてようやくゲストハウスに到着したら、今度はカギが開かない。管理人さんに来てもらって(申し訳ないです!)簡単に開いたものの、そのアディショナルタイムは長かった。ドアが開いたときは残り時間が少なくなっていた。
Sくんが店からプレゼントされた黄色のブブゼラを吹いたところでタイムアップ。何だか寂しい音色。僕たちのワールドカップはこうやって開幕したのだった。
続くっ!(高須調で)
2022年9月公開