二宮 昨年末にお会いして以来になりますね。日本人GKにスポットライトを当てた意味でもこの「新GK論」は画期的な作品。「SPOALの本棚」でインタビューさせていただきたいとずっと考えていたので実現できてうれしいです。
田邊 こちらこそ、この本を語る機会をつくっていただきありがたいです。
二宮 我々の関係を先に述べておくと、私がスポーツ総合誌「Number」で契約編集者として働いていたときの先輩。田邊さんは英語がご堪能で、当時は英字のタイトルなどよく相談させていただきましたね。
田邊 ええ、懐かしいです。お互いにあの頃は、もう少しだけ若かった(笑)。
二宮 2010年の南アフリカワールドカップの後、フリーランスとして独立されてから著書に「ファーガソンの薫陶」(幻冬舎)、「戦術の教科書 サッカーの進化を読み解く思想史」(カンゼン・共著)、翻訳書に「知られざるペップ・グアルディオラ」(朝日新聞出版)、「億万長者サッカークラブ」(カンゼン)などがあります。この「億万長者サッカークラブ」では2度目となるサッカー本翻訳本大賞を受賞されています。自分の作品を書くことと、他人の作品を翻訳すること。外から見ると、この両立は難しいようにも思うのですが。
田邊 いや、僕のなかでは「区別」していないんですよ。著書も翻訳書も、あくまでも自分が面白いと感じたものを書く、または翻訳するという感覚なので、そこは完全に共通しているんです。
二宮 じゃあ翻訳するのも一度自分が読んでみて「面白い!」と感じないといけないわけですね。
田邊 基本的にはそうですね。
二宮 「億万長者サッカークラブ」も?
田邊 ええ。イギリス人の友人から「これ面白いぞ」と言われて読んでみたら、ハマってしまって(笑)。僕は書き手でもあるけど、一人の読者でもあるんですね。だから自分が読んでみて面白いと感じたら、それを翻訳して日本の人たちにも是非教えてあげたい、同じ読者として一緒に楽しんでもらいたいな、と。
二宮 Number編集者のとき、田邊さんのデスクと近かったんですけど本が溢れていました。英語で書かれた本をずっと読まれていて、読書家のイメージが僕には凄くありますね。
田邊 でも最近は読む量が減ったと思います。特に大学院の頃は、6畳の部屋にスチール製の本棚を3つ置いていました。メディアのアルバイトで稼いだお金を、使いすぎだろっていうくらい書籍やCD注ぎこんでいたんです。そんなことばかりしているから、今は冬のキリギリスのような生活になってしまっているわけですが(笑)
「新GK論」著者の田邊雅之さん
二宮 ではそろそろ本題に移りたいと思います。日本のGK、指導者との濃密なインタビューをもとに構成され、日本型GKの未来像を描いた「新GK論」。本書にもありましたが、フットボールアナリストの田村修一さんがイビチャ・オシムさんの連載をNumberでやっていて、その編集担当者が田邊さんでした。そこから「日本人GKの日本化」について考えるようになったことがきっかけだった、と。
田邊 GKに対する関心は昔からずっとありました。世代はだいぶ古いんですけど、西ドイツ代表のトニ・シューマッハー、イタリア代表のディノ・ゾフあたりか好きでしたし、W杯の歴史本を手がけたからみで、ソ連の代表のレフ・ヤシンのような選手のことも知っていましたから。さらに日本で言えば川口能活さんと楢﨑正剛さんという凄いGKが同時期に出てきたじゃないですか。僕は2000年からNumberの編集部に入って仕事をするようになり、海外サッカーを担当させていただいたんですが、そこでピエール・リトバルスキーさんともよく仕事をさせてもらうようになって。リティはGKも結構、話題にしていたんです。
二宮 たとえばどんなことを?
田邊 二宮さんも覚えていらっしゃると思いますけど、かつての川口さんはプレー中、よく味方の選手を怒鳴りつけて檄を飛ばしていたのに、そういう雰囲気が弱まった時期があった。リティにその点にについて尋ねてみたら、「いや、カワグチは自分はやり方を変えるべきじゃない。GKは怒ってナンボだから」と主張したんです。リティは先ほど名前を出したシューマッハーと1FCケルンでも代表でも一緒で、遠征の際も同部屋だったんですが、とにかく気性が激しい人物だったと。超がつくほどの負けず嫌いで、ホテルの室内で椅子をゴールに見立ててボールを蹴り始めても、自分が勝つまで絶対にやめないし、それこそ練習や試合では恐ろしいぐらいに味方を怒鳴りつける。そういうGKがチームにいて毎日切磋琢磨していたからこそ個々のレベルが上がり、クラブチームやドイツ代表も強くなっていったんだと、よく言っていました。
二宮 GKってそれくらい自分を持っていないとやっていくのは難しいのかもしれませんね。
田邊 フォワードの選手は10回ミスしても1回ゴールを決めたら、よくやったと言われる一方でGKは9回ビッグセーブしても1回決められてしまったら、何とかできなかったかと批判されるポジションですからね。普通に考えれば割に合わないし、相当な気持ちの強さがなければ、そもそもやっていけないんだと思います。
二宮 確かに割に合わない(笑)。そういったGKへの関心が、川口、楢﨑両選手によって高まっていったわけですね。
田邊 そうです。両選手に関しては、スタイルやキャラクターがまるで違うことも魅力でした。たとえば日韓W杯の時にイギリスからやってきたジャーナリストは、楢﨑さんのプレーを見て、「欧州型のあんなレベルの高いGKが日本にもいるのか。なぜ彼は欧州に来ないんだ?」とさかんに驚いていました。一方、川口さんは日本代表が優勝した2004年アジアカップのプレーでは、凄まじいほどのシュートストップでチームを救っている。
二宮 僕も現場で見て、記者席で思わずガッツポーズしちゃいました(笑)。
田邊 僕自身、川口さんのプレーにはすごく感動しましたし、彼の活躍は、実はGKには体格の差なんてあまり関係ないのかもしれないと、考えるきっかけも与えてくれました。たしかにGKは物理的な制約が非常に大きいポジションだとされていますけど、やりようによってはどうにかなるのではないかと。
いずれにしても楢崎さんと川口さんはスタイルが好対照だっただけに、様々なことを考えさせてくれたし、日本人GKには大きな可能性や未開の部分が残っていることも示唆してくれました。しかも今度はオシムさんが登場して、「日本サッカーの日本化」を掲げるようになったじゃないですか。ただしさっきも言ったように、GKはフィールドプレイヤーにも増して体格の差がネックになるとされてきた。ならばオシムさんのロジックはGKにも当てはめ得るのか、「日本人GKの日本化」は可能なのだろうかと。そんなモチーフを一人でずっと温めているうちに、Numberで西川周作選手と権田修一選手のインタビュー記事を書く機会があり、このテーマを深くやってみたいなと思うようになったんです。
二宮 西川選手と権田選手へのインタビューが、背中を押したんですね。
田邊 西川さんと権田さんも、キャリアやGKとしてのタイプは違っています。ただし、自分なりの哲学やそれを表現できる「言葉」を持っている点は完全に共通していたし、実はどんな人間にも負けないくらいマニアックで研究熱心な、サッカーファンでもあった。これは自分にとってちょっとした発見でした。ならば取材対象をより多くのGKに広げていけば、日本人GKと日本サッカーに関する、かなり面白い見取り図ができるんじゃないかと考えたんです。
※撮影時のみマスクを外しています。
2022年5月公開