近藤 スパイクを通じて永井大さん演じる元日本代表選手のケガを、ホペイロ役の主人公、白石隼也さんが分かってしまうというシーンがありましたよね。それは別として、ホペイロにスパイク管理を任せない選手っているんですか?
二宮 スパイクを選手に管理させているクラブももちろんあります。一方でホペイロがすべて管理しているところでも、預けない選手だっていましたよ。これはホペイロに任せられないということじゃなくて、自分の道具だから自分でやったほうがいいという理由だと思いますね。
近藤 差し支えなければ、誰なのか知りたいですね。
二宮 たとえば横浜F・マリノス時代の中村俊輔選手がそうでした。スパイクを練習前日にホペイロに預けて、試合会場に運んでもらうだけ。管理は彼自身がやっていたんです。先ほど紹介したF・マリノスの緒方圭介さんがホペイロになる前に、山崎慎さんという方がやっていたんですけど、この人がまた愛情たっぷりにスパイクを管理するんですよ。中村選手にもそれが伝わって、次第に自分のスパイクを任せるようになったんです。
近藤 それは凄い(笑)。
二宮 中村選手って前半と後半でスパイクをよく変えるんですよ。知ってました?
近藤 いや、全然。後半を新鮮な気持ちでプレーするためですか?
二宮 本人曰く、かなり汗をかくためらしいです。キックに微妙な影響を及ぼさないためだとか。試合には10足ほど準備しているそうです。あくまでF・マリノス時代の話ですけど。スパイクを本当に大事にする人で、5年以上使っている革製のスパイクもありました。長年使うからプラスチックの部分がちょっと欠けてしまうこともあるんですよ。そこを山崎さんがホームセンターで買ってきたパテで丁寧に補修していました。
近藤 そうやって信頼関係が生まれていくんだなあ。
二宮 ある試合の前日に中村選手から「シン、明日の試合でFKが決まるように磨いといて」と山崎さんが頼まれたそうなんです。「FKが入るように磨いておきました」と返したら、本当にFKが入ったというエピソードがありました。
近藤 ネタバレになっちゃうからあれですけど、映画でもホペイロの思いが、ある選手に伝わってゴールになるっていうシーンがありましたよね。
二宮 ホペイロもチームの一員。選手が活躍したり、チームが勝利を挙げたりすることがホペイロの何よりの喜び。そこはこの映画からも伝わってきました。
近藤 J3が舞台で、ビッグカイト相模原はSC相模原をモデルにしている、と。全部リアルっぽく見えたんですけど、サッカーをよく取材している二宮さんから見て「ここはリアルじゃないな」と思えたところを知りたいんですけど。
二宮 まず河川敷のグラウンドでチームが練習していましたけど、ファン、サポーターがピッチ横で見ていましたよね。
近藤 その場で女の子がサインをお願いしていました。
二宮 あれ、危ないです。ボールが飛んできたりしますから。コロナ禍前だとファンサービスは、練習がすべて終わってからファンサービスの時間をつくるのが普通。あれは非リアルかな、と。ただ小説は2010年に発表されていますし、モデルとなったSC相模原は当時神奈川県リーグですから、そういったほのぼのとしたクラブだったんだろうなとは感じましたね。
近藤 映画を観て素朴な疑問が一つあったんですけど、聞いていいですか?
二宮 もちろん、もちろん。
近藤 水川あさみさんがクラブ広報を務める役でしたけど、クラブ広報ってあんなにホペイロとコミュニケーションを取るのかなって。
二宮 あれはどっちかと言ったらリアルだと思いますよ。
近藤 えっ、そうなんですか。
二宮 クラブ広報もホペイロも選手と接する機会が多いじゃないですか。だから選手情報の共有と考えれば、コミュニケーションも自然と多くなるはず。ましてや小さなクラブという設定ならスタッフも一人何役とこなしますし、コミュニケーションは密になるようなイメージ。
近藤 クラブの社長とホペイロのコミュニケーションも密でした(笑)。
二宮 確かにそっちはさすがにあまりリアルじゃないかも(笑)。近藤さんにもマニアックな視点から一つお願いしたいのですが。
近藤 内容のマニアックなところはむしろ二宮さんのほうだと思うのでカメラマンの立場から一つあるとしたら、試合の撮り方がちょっと面白かったな、と。
二宮 と言いますと?
近藤 センターサークルからドローンのカメラが真上に上がっていくようなカメラワークがあって、それは今まであまり見たことがなかったので新鮮でした。
二宮 なるべく実際の試合映像に近づけたいみたいな意図を感じました。ただプロのサッカー選手がやるわけではないので、そのあたりの難しさはあったと思いますね。
近藤 本物のような迫力あるプレーシーンとなると、難しいところはありますよね。
二宮 でもJリーグの試合の雰囲気は出ていたんじゃないですかね。横断幕、サポーターを含めて、リアルを大事にしようという感じは伝わってきましたよ。ただ、一番ビックリしたのは……。
近藤 それ、聞きたいです。
二宮 サポーターのリーダー役がプロレスラーの村上和成選手なんですよね。かつては小川直也さんのパートナーとして人気でした。
近藤 最初に登場するんですよね。トラメガ持って応援して。
二宮 レスラーとしてのニックネームが〝平成のテロリスト〟。試合中にスタンドから降りて乱入してくるんじゃないかとヒヤヒヤしましたよ。
近藤 いい味を出してましたね。あるものを〝つるし上げ〟にしたところに〝平成のテロリスト〟感がちょっと出ていましたが(笑)。もしまだ映画を観ていない方がいらっしゃったら、ぜひそこを注目していただけたら。
二宮 乱入してこないか心配でたまらなかったので「ホペイロの憂鬱」なのかと一瞬、思ったんですが。
近藤 なわけないでしょ!
二宮 この映画を観て、また相模原ギオンスタジアムに行きたくなりました。
近藤 ぜひ行ってみましょう!
エンタメ大百科×マニアック「ホペイロの憂鬱」 終わり
2022年10月公開