うまくいかなかった原因をあぶり出し、責任を明確にする
日本ハンドボールリーグ、ジークスター東京の荒川哲史はチームのアナリスト。チームの勝利に向けた対策を立てるため、その手助けをする映像を収集、分析、編集し、プレゼンをする。第1回では主にチームの方向性を定めるという仕事について説明したが、個々の選手にアプローチもすることも少なくない。
「アナリストの立場として、選手に対して『こうしたほうがいいんじゃないか』と感じることがあります。今シーズンでいうと、信太さんとてつさん(小山哲也)に関しては、シーズン前から『個人的にアプローチさせてください』というお話はしていました」
チームの大黒柱、信太弘樹
チームの大黒柱、信太弘樹。日本代表のキャプテンを務めた経験を持ち、昨シーズンが始まる前に名門、大崎電気から新興のジークスター東京に移籍してきた。その存在はいまさら説明するまでもないだろう。
その信太は昨シーズン、自他ともに納得のいく活躍ができたかといえばそうではない。もちろんチームを救うような素晴らしいシュートを決めたし、大爆発してチームを勝利に導いたこともあった。ただし、荒川から見ると「もっとやれるのでは」という思いがあった。
「信太さんは『もっとたくさんシュートを決めたい』という目標を持ってジークスターに来ました。ところが昨シーズンを見てみると、調子の上下動が激しかったんです。その上下動をできるだけなくしてボトムアップする。常時活躍できる状況を作る。そのために毎試合、うまくいったところ、うまくいかなかったところを信太さんと一緒に映像を見ながらフィードバックするようにしました。
てつさんは『信太さんがやっているなら、僕もお願いできますか?』という形で同じようにフィードバックを始めました。最初はてつさんのプレーを一緒に見る感じだったのですが、その中で、てつさん自身が『こんなプレーがしたい、得点も取れるようになりたい』と目標設定が定めるところにつながりました」
2021-22シーズン、信太は2月13日を終えた時点で得点のペース、シュート成功率ともに昨シーズンよりも高い数字をマークしている。好不調の波はグッと小さくなった。メンバーが違い、11チーム中2位につける今シーズンと7位に終わった昨シーズンの比較が簡単ではないとはいえ、よりいい状態でプレーできていると言えるだろう。
荒川が常に考えているのは選手に自身のプレーに対する責任を持ってもらうことだという。
「何となくうまくいかなかった、というのが一番ダメだと思うんです。何がうまくいかなかった原因なのか。その原因を突き止め、映像を見せながら、数字を見せながら、監督と選手に伝える。うまくいかなかったことに対して、腑に落ちてほしいんですよ。『ああ、だからダメだったのか』というふうに。そうなればじゃあ次はこうしましょうとか改善策が打てます。うまくいったときもその理由が分かったほうがいい。それがチームとしても、個人にしても、成長につながっていくと思います」
やるのは選手、時には受け入れてもらえないことも
すべてはチームのために。そう思って仕事に取り組んでも、チームや選手との間に微妙な溝ができてしまうこともある。荒川がアナリストという仕事の難しさを感じるのはそういうときだ。
「結局やるのは選手で、自分は対策プリントを作っている教師のようなもの。『あなたは言うだけでしょ』と思われてしまう瞬間がどうしてもある。『言うのは楽だよね。別に言わなくてもいいから』みたいな感じです。そういう状況になってしまうのが一番嫌なので、そこは努力と工夫が必要なところです」
データを駆使して選手にアプローチしても、選手がそれを受け入れてくれるとは限らない。どの選手もそれなりの経験を積んできた大人である。データだけでなく、感性を大事にすることも当然ある。他人の客観的な意見よりも、一流のアスリートならではのプライドが、理屈とは別の次元でパフォーマンスを高めることもある。
たとえ自分の意見を受け入れてもらえなかったとしても、荒川はアナリストとしてアドバイスをする準備を決して怠らない。アナリストがしっかり仕事をすれば、必ずチームに貢献できると信じているからだ。
「アナリストの醍醐味が何かと聞かれたら、だれよりも試合のことを把握できることだと思います。こういう展開になって次はこうなる。こうなれば次はこうだ。気持ちの上下動はあまりないんですけど、自分が分析した通りの展開になると、充実した気持ちになれます。それに、そもそもスポーツチームで仕事できるってなかなかないことだと思っています。そういう意味でも面白い仕事だと感じています」
この4月で31歳になる荒川のキャリアはそれほど豊富とは言えないかもしれない。それでもこれまでのアナリスト経験を振り返り、「人に恵まれた」という言葉を繰り返した。
その人物の前職がバスケットボール男子日本代表チームのアナリストと聞けば、だれもが驚くことだろう。荒川はなぜ日本代表のアナリストになったのか、なぜ活躍の場をハンドボールに移したのか。第3回は荒川のアナリスト人生をたどってみたい。
2022年2月公開