部員たちがチームよりも自分にベクトルを向けがちなのは「コロナ禍」の影響も多分にあった。以前のようにみんなで集まることもできず、オンラインでは微妙なニュアンスを伝えづらく、逆に自分も把握しづらい。そういうちょっとしたズレが、積もり積もれば大きなギャップになってしまう。
後期開幕に向けた準備のなか、新型コロナウイルスの陽性者が出たことで部は一定期間、活動休止を強いられた。外池大亮監督はこの機を利用して、全部員を対象にしたオンライン面談を行なうことにする。
ある3年生部員との面談が、外池にとって〝2021年シーズン最大の出来事〟になるとは夢にも思わなかった。
やり取りのなかで「日本をリードする存在になる」という部のビジョンをしっかりと理解していないように感じた。
「別にワセダに行きたいわけじゃなかったんです」
外池にとっては、ショックだった。ただこのまま放置しておけば、チームにとっても本人にとってもマイナスになる。一度、チームを離れて部との向き合い方を見つめ直してもらうことにした。自分から積極的にコミュニケーションを取っていくタイプでもなく、組織に馴染んでいこうとする姿勢はあまりないように感じていた。
だが、外池にはそれ以上に、ある言葉が引っ掛かっていた。
「どうして早稲田の色に染まらなきゃいけないんですか?」
染まる?
思わず聞き返していた。だってそうだろう。伝統を重んじてはいても、部員の主体性を促してきたつもりだ。染めるための作業なんてやっていない。なぜ彼は、そう言うのか、と。
外池がOBとして再建を託されたのが2018年。元Jリーガー、元電通マン、そしてスカパーJSATグループで現役のテレビマンでもある外池は、新しいワセダをつくるにはうってつけの人材であった。
そのために部訓を見直して、学生から提案として挙がってきたのが「日本をリードする存在」だった。
すべての部員が自分のポジションを見つけてア式蹴球部に積極的に関わり、全員が能力を発揮していく集団にする。学生は、受け身であってほしくない。あくまで自分からアクションを起こしていく。伝統に甘んじることなく、良いと思ったことにはみんなで取り組んでいく。ひいてはそれがサッカーの「結果」にもつながると踏んだ。実際そのとおり、2部から1部に復帰した2018年シーズンに優勝を果たすことができた。
どうして早稲田の色に……。
外池は何度も、その学生からの言葉を頭のなかで反芻していた。
「僕が学生に〝自分と向き合え〟と言っているのに、指導者の自分自身が向き合わないわけにはいかないですから。僕がやっていることは本当に彼らの成長、チームの成長を促しているのかどうか。
これまでのワセダを変えると思って、学生と一緒になってやってきましたけど、実はもうそれが〝枠〟になってしまっていたんじゃないか、と感じたんです」
枠に収まってしまったら、いろんなことがパワーダウンしてしまう。枠を壊そうとしてきたのに、4シーズン目に入って今までの取り組みが枠そのものになってしまっているんじゃないか、と突き付けられた気がした。反発を覚えている部員が変わろうとしているなら、自分も今までのやり方を見つめ直す必要があると感じた。
チームはエースの加藤をはじめケガ人の影響もあって、後期がスタートしても苦しい戦いが続いた。それでも9月25日の国士館大戦は1―3から大逆転し、10月2日の桐蔭横浜大戦も同じく1-3からうっちゃった。だが劇的勝利を勢いに変えられず、勝利と敗北を繰り返していく。
マネジメントもこれまで以上に自分が出ていくことを減らして、試合後の言葉もコーチに委ねて反応をつぶさに見つつ、効果的なアプローチを探った。逆転勝利は組織にパワーがないと生み出せない。結果こそアップダウンを繰り返しながらも、好転している実感を得ていた。
くだんの3年生部員とは計3度のオンライン面談を行ない、多少なりとも変化を感じていた。監督の目から見ても、周りとのコミュニケーションも増えた。自分と真剣に向き合っていることは十分に伝わってきた。彼個人の話だけではない。4年生はもちろんのこと、3年生全体を見渡してもチームにベクトルを向ける言動が多くなった。
一つの施策が効果を発していたのかもしれない。
ア式蹴球部公式noteアカウントをつくり、部員ブログリレーを「#Real Voice」にリニューアルして8月末より1年生から順にスタートした。
自分と向き合い、部との関わりをあらためて考えるきっかけにもなった。
外池は言う。
「2年生のマネージャーがそこで4年生を批判したことがあったんです。リアルに書くことにプライオリティを置いているはずなので、そのままで構わない。ただ、その意見を出すのであれば、出しっ放しにせず(4年生とも)ちゃんとコミュニケーションを取っておこうよ、と彼には言いました。そうすることで誤解が解けたり、分かってなかったことが見えたりしますから。
いいアウトプットをしたら、いいインプットが返ってくる。部内部外に関わらず、バランス感覚も身についてくると考えています」
赤裸々に書くことが分断を生むのではなく、むしろ協調をつくる材料とする。学生にとっては情報発信において何が大切かを学ぶこともできる。外池も一人ひとりの本音を把握できることは、マネジメントをしていくうえで大きな参考材料にもなった。
10月に入り、慶應大との伝統の一戦〝早慶クラシコ〟が近づいていた。
有観客になるこの試合を盛り上げていくことがチーム全体の成長になる。みんなで力を合わせて一つの成功体験を得るには、このうえないイベントだった。
2021年12月公開