プレッシャーを掛けてからのボディー打ち、そしてフック。
3ラウンドに入っても川上拳汰は愚直に、自分のボクシングを貫こうとしていた。そんな折、反撃のきっかけをつかもうとする江口道明の右アッパーを食らう。
一瞬、動きが止まる。
「必死でやってましたから、パンチをもらった感覚があまりなかったんです。でも後になって映像で確認したら、しっかりもらっていましたね」
川上の頭のなかは勝つことのみ。すぐに手数を出して、左ボディーをヒットさせる。ただ相手の打たれ強さも感じていた。
「ボディーを打つと(セコンドから)効いたぞ!っていう声が聞こえてきて、もっと打って効かせようとしたんですけど、そこから先がなかなか思うようにはいかない。この人、打たれ強いなって」
弱気の虫がうずくと、それに反発するようにパンチを強く振る。焦りから大振りになるのではない。あくまで弱気の虫を振り払うためだ。
30人の応援団のなかには家族もいた。空手を教えてくれ、名前に「拳」を入れてくれた父の姿があった。
ちょっとしたアドバイスも受けていた。「足のステップの仕方で、パンチを出すタイミングが分かってしまう。もっと分かりづらくしたほうがいい」と空手側からの見立てを教えてくれた。デビューに向けて父も母も友達もジムメイトも、みんなが支えてくれていた。その恩に報いるためにも、勝利をつかまなければならなかった。
いいボクシングだぞ!
インターバル中に言ってくれた田中二郎トレーナーの言葉は耳に残った。必死に戦ってきて、ここまで優勢かどうかまでは自分では分からない。あとはもう残っている力を出し切るだけだ。
最後の4ラウンド。
まだまだ力いっぱいとばかりにコーナーを飛び出していく。オーバーハンド気味の左フックに、左右のボディー打ちと、強度を上げて相手に襲い掛かる。もみ合いになれば肩でグイと押してスペースをつくり、腕を折りたたんでパンチを打ち込む。
行け!行け!!
セコンドの声にも熱が入る。その声に押されるように足を前に運ぶ。ただ江口も打ち返して応戦する。意地と意地。お互いに最も熱の入った3分間はあっという間に終わった。
試合は判定に持ち込まれた。
勝者、青コーナー、川上!
コールを告げられると19歳はうれしそうに拳を突き上げて喜んだ。ジャッジ2者がフルマークの40―36、1者が39―37と完勝だった。
石川久美子会長からも、田中トレーナーからも「練習でやってきたことを出せた。
今のカワケンを100%出せた」と評価してもらったことはたまらなくうれしかった。応援団からの大きな拍手も聞こえた。涙が出そうだった。
ボクシングは相手あってのスポーツである。殴る相手、倒す相手ではあるものの、リスペクトの心を持たなければならない。4歳年上の江口も、この日がデビュー戦。同じように不安や緊張と戦っていたはずだ。試合が終われば、ボクサー仲間に変わる。
試合後のドクターチェックで再び顔を合わせると、「ありがとうございました」と戦えたことに感謝を述べた。そしてインスタグラムのアドレスも交換した。
川上の趣味は、カラオケ。一人カラオケで7時間いけるほどのツワモノだ。
コロナ禍やデビュー戦の調整もあって、しばらく禁止していた。試合を終えたばかりでアドレナリンも出ていたことから、電車で地元まで戻ると久しぶりに歌い上げた。
デビュー戦勝利の翌日、川上はジムでトレーニングを再開させていた。
「だって(休むの)もったいないじゃないですか。疲労もダメージもそれほど感じなかったので、それだったら練習したほうがいいかなと思って」
尊敬する父からも、自分の後方に体を反らして相手のパンチを避けるスウェーや苦手にしていたアッパーを褒められたという。
デビュー戦に勝利できたこと、そして認めてもらいたい人から評価され、少しでも認められたことによってボクシングに対するモチベーションがグンと上がった気がした。
来年は専門学校を卒業して、パーソナルトレーニングジムで働くことも決まっている。頑張れば、何かを得ることができる。ボクシングから教わったことを、スポーツトレーナーとしても活かしていくつもりだ。
「モチベーションもそうですけど、勝ったことで自信がつきました。もっと頑張らなきゃいけないし、もっと頑張りたいって思っています」
最後に「プロボクサー、川上拳汰」の目標を聞いた。
目標ですか?
微笑む顔がキリリと引き締まった。
「あくまで理想ですけど、30歳までに何かしらベルトを獲りたいです」
プロ第2戦はまだ決まっていない。
だが戦うべき相手は、何よりも己にあることを19歳のボクサーは知っている。
60年近い歴史を持つジム内には、歴代のチャンピオンが写真で飾られてある。日本王座を22度防衛した偉大なるチャンピオン、リック吉村のファイティングポーズの下で、今日もカワケンがシャドーボクシングで汗を流している。
2024年5月再公開
(終わり)