深夜に到着したものの、次の日はナイターだったので、ホテルの部屋で少しだけゆっくりすることができました。一昨日まで日本にいたのが嘘のような感覚に陥っていたから不思議です。
そして、いよいよスタジアムへ向かいます。バーゼルのスタジアムはサンクト・ヤコブ・パークという立派なサッカー専用競技場でした。ちなみにこの日もトラブルというか心のなかで焦る事態がありました。ドイツの宿に連泊することになっていたので、撮影機材以外は部屋においてきたのですが、国境を超えてEU外のスイスにいくところで検問があることを僕は知りませんでした。
検問に差し掛かると先輩に「パスポートを用意して」と言われてビックリ。「え?(検問あるなんて知らなかったから、パスポートは部屋に、、、)」と思い、バッグの中を探ってみると、なぜがパスポートがありました。ラッキイイイイイ! 期せずしてパスポートを持ち歩いていた幸運に感謝しました。
さて、今日のカードはクロアチア対アルゼンチン。この試合にはリオネル・メッシやルカ・モドリッチが出場していました。この試合でメッシは19番を、モドリッチは14番を付けていましたが、二人とも後に代表の10番を背負い、バロンドールを獲得するほどの名手になるとは、このときは想像もしていませんでした。偉大な二人の若かりし日を撮影できたのは、それだけで大きな財産になったと思います。
試合内容はあまり覚えていませんが、この日のことは今でもよく覚えています。映像を確認すると後半7分、1点をリードされていたクロアチアが左サイドを突破したダド・プルショのクロスをダリヨ・スルナがヘディングで決めて、僕の目の前で喜びを表現しようとしていたその時、事件が起こりました。
「ドオオオオオオン!!!!!!!!」
喪黒福造もビックリの爆発音が僕の右耳を襲い、誰かに頭を殴られたのかと錯覚するほどの衝撃を受けたのです。一気にパニックになった僕はシャッターを押さねばならない右手で自分の頭部を確認します。しかし、この日は3月1日。真冬のヨーロッパの夜は冷え込むこともあり、ニット帽と手袋をはめていたので自分の頭がどうなっているのか瞬時に判断することはできません。
目の前でクロアチアの選手たちが喜んでいます。彼らの需要が見込めるからこそ苦労してまで訪れた現場です。撮らないわけにはいきません。ガムシャラにシャッターを切りました。そして、落ち着いてきて事の真相がわかりました。
どうやら同点ゴールに興奮したクロアチアのサポーターが爆竹を投げ込んだようでした。ただし爆竹なんてかわいい代物ではありません。その証拠に僕の右隣にいた現地のカメラマンに当たったのか、彼が着ていたダウンジャケットは破損して、周囲には羽毛が飛び散っていました。それまでは野太いチャントや腹の底から唸りだされるようなブーイングに「やっぱ本場は違うねー」などと憧れすら抱いていた彼らが途端に怖くなったのは内緒です。
その2日後には、日本代表のジョーカーとして活躍していた大黒将志さんを取材するためにフランスのディジョンにやってきました。当時は何もわかっていませんでしたが、ディジョンはマスタードが有名で、ワインの産地としても有名なブルゴーニュの県庁所在地でもあります。
街並み自体は田舎の地方都市という風情で、16000人収容の小さな陸上競技場がホームスタジアムでした。チームもリーグ2所属だったこともあり、どこか牧歌的な雰囲気の中での撮影となりました。印象に残っているのは、チームのマスコットの中の人が人前で頭をとって寛いでいたことです。
子どもたちの夢が壊れるからやめて!
あれ? トラブルはないの? そう思った読者の方もいらっしゃるかと思います。ご安心ください。ありますよ、トラブル。
それが起こったのはディジョンから300km離れたパリのシャルル・ド・ゴール空港を目指しているときのことです。昨晩から小雪が舞う天気だったのですが、その日は朝から雪が降り続けていました。嫌な予感はしましたが、先輩が運転してくださる車で空港を目指すことになりました。
次の目的地はバルセロナでした。フライト時間に合わせて出発したのですが、途中で雪がどんどん強くなっていきます。さすがの先輩もスピードを出せません。パリに近づいてくると今度は通勤ラッシュの大渋滞に巻き込まれてしまいました。
僕は内心めちゃくちゃ焦っていました。しかし、運転してくださる先輩のことを思うとそれを表に出すことはできません。もし乗り遅れたらどうなるんだろか、、という不安で頭がいっぱいになっていたのは言うまでもありません。
フランス語はもちろん英語すら禄にできない僕がチケットの買い直しなんてできるのだろうか、、。お、ギリギリ間に合うかも! そう淡い期待を抱いていたのですが、空港が見えた頃に予定していたフライトの出発時刻を迎えてしまいました。
シャルル・ド・ゴールまで送ってくださった先輩にひとしきりお礼を述べて、お見送りした直後、荷物を抱えた僕はエールフランスのカウンターへ脱兎のごとく走り込みました。息を切らせながら電子チケットのプリントを差し出します。女性係員はチラッと時計に視線を送ると感情もなく言いました。
※以下はすべて英語でのやり取りですが、女性の言葉はすべて僕の脳内翻訳によるものです。
女性「このフライトは行ってしまったわ」
僕「(やはり間に合わなかったか)、、、、、」
ハァハァ言いながら無言で立ち尽くす僕(実際にはなんて言えば、この状況を脱することができるのか、できない英語を探していただけですが)に同情したのか、少しだけ優しくなった女性は遅れた原因を聞いてくれました。
キラーン。ここは語学力ではなく、表現力が大切なのだと僕の動物的な感が脳内で囁いてきました。
女性「どうして遅れたの?」
僕「アイ・ケイム・フロム・ディジョン・イン・ザ・モーニン・バイ・カー」
(ハンドルを握る仕草で間違った英語をフォローしたのは言うまでもありません)
僕「バット・ディジョン・ワズ・ヘビー・ヘビー・スノー・アンド・トラフィックジャム」
(文法がメチャクチャなのはわかりましたが、ここでは「ヘビー」を2回続けてゆっくり抑揚をつけて発音して、必殺「捨てられた子犬の目」を発動させました)
カタカタとキーボードを打つ彼女が言いました。
女性「一時間後のフライトに振り替えてあげるわ!」
僕「!!? おおおおお、メルシー!!!!」
正規の値段で買い直さねばならないと思っていた僕からすると無料で変更してもらえたのは望外の喜びでした。捨てられた子犬の目が効いたのか、もともと変更可能なチケットだったのか、その真意は定かではありませんが、とにかく次の目的地バルセロナ行きのフライトに乗り込むことに成功したのでした。
続くッ
2021年11月公開