軌道に乗った新日本プロレスを再び退社した武田有弘はしばらくフリーランスを続け、武藤敬司が立ち上げたレッスル・ワンを手伝っていた。気軽に動けるほうが性格には合っているのだが、家族を養っていかなきゃいけない。縁あって「リデットエンターテインメイント」に入社して、長州力の引退ロードを手掛けるようになる。
「ノア・グローバルエンタテインメント」の株式取得の話は、武田も知らなかった。正式に決まった後に報告されたという。もちろん自分がノアの再生に携わることになるとは考えてもいなかった。新日本、全日本、そして再び新日本と渡り歩いてきたが、ここまであまり接点のない団体だったからだ。
社長に就任して「こぢんまりしない」仕掛けで勝負しようとしたものの、なかなかうまくいかなかった。DDTプロレスリングの高木三四郎こと高木規社長に連絡を取ったことからサイバーエージェントの傘下に入る流れになり、「Cyber Fight」が立ち上がったのは前述したとおりだ。
10・3後楽園ホール大会の演出。色とりどりのライトが興行を盛り上げる©プロレスリング・ノア
これを境にノアの動きが活発になる。
コロナ禍にありながら2021年2月12日に〝聖地〟日本武道館で11年ぶりに興行を実施した。メーンはGHCヘビー級タイトルマッチ。6度の防衛を誇ってきた王者・潮崎豪と、ノアにスポット参戦を果たしていた58歳のビッグネーム、挑戦者・武藤敬司の一戦は反響を呼び、入場制限下のなか4196人の観客を集めた。「ABEMA」では無料バージョンとPPVバージョンで独占ライブ配信されている。武藤がフランケンシュタイナーで新王者となり、リング内外で話題を集めた大会になった。
さらにサプライズが待っていた。
タイトルマッチから3日後、武藤のノア入団が発表されたのだ。契約は2年。スーパースターの加入には、若手レスラーの手本となってほしいという思いが武田にはあった。
「ヒザに人工関節を入れてからの武藤選手のコンディションは凄く良くなっています。40代のときより調子がいいんじゃないかって(笑)。動きもいいし、言うまでもなく知名度は抜群だし、ノアの知名度を上げていくにも武藤選手の力が必要だと判断して、そういう(入団の)話になりました。ただ一番は、若いレスラーに武藤選手を見てもらいたい。プロレスそのもの、たたずまい、発言、もうすべて。あの人、隙がいっぱいあるからいろいろと盗ませてもらえると思いますよ(笑)。それに引退後も輝いてもらえると、若いレスラーにとっても将来をイメージできると思うんです」
武藤は会見の席で「契約したからには骨の髄までしゃぶってもらいたい」と語った。武田ももちろんそのつもりだ。これまで新日本、全日本と武藤が行くところについていった。レッスル・ワンも手伝った。武藤がやりたいことを、陰でサポートを続けてきた。今度はその逆。団体としてやりたいことを、武藤に手伝ってもらう番である。
清宮海斗グッズは女性ファンにも人気だ
ノアにはスーパースター候補がいる。清宮海斗、25歳だ。
三沢光晴にあこがれてノアに入門し、2018年12月には史上最年少となる22歳でGHCヘビー級王座を獲得する。武藤もそのセンスを認めているという。本格的にブレイクできるかどうかは、本人に懸かっていると言える。
武田は大きな期待を寄せる。
「先ほど新日本の苦しい時代に棚橋(弘至)選手は〝自分でみこしを大きくして、自分で乗った〟という話をしましたけど、清宮選手にもそうやって自分でみこしをつくって、自分で乗ってほしい。誰かに任せるよりも、そっちのほうがパワーはありますから」
ノアの純粋な遺伝子を持ち、ノアの先輩レスラーだけでなく武藤からも学ぶ土壌がある。彼がスーパースターに駆け上がっていけば、それが団体の隆盛につながると武田は信じている。
「猪木さんはモハメド・アリとの試合を含め、異種格闘技路線でプロレスに興味がない人まで振り向かせる手法でした。ほかの格闘技の世界はそういうところがありますけど、レスラーは基本的に(ファンと)等身大の存在で一緒の目線で戦っていくのが一般的だと思います」
ファンが共感できる興行を。
演出面のみならずポスター1つ取ってもビジュアルにこだわるようにしている。観客や視聴者のマーケティングも実施すると、視聴者には20代、30代の女性も増えてきているというデータがある。新しいファンも呼び込んでいるのだ。イケメンでも知られる清宮の存在はノアの希望でもある。
武藤敬司のポーズをお願いしたらこころよく引き受けてくれた武田取締役。プロレスに懸ける思いは熱い
武田は11月で50歳になる。
社員、スタッフに仕事の裁量を委ね、働きやすい環境を整えようとしている。自分がやりたいことというよりも周囲がやりたいことをできるようにしていく。これは変わらぬポリシーでもある。
「演出にしてもそこにプロフェショナルな人がいるわけですから、そこの意見を大切にして何とか実現していくのが僕の役割。僕が前に出ていくってあんまりないですよ」
これまでは団体を転々としてきたが、ノアに定住して〝新日本超え〟を目指していくつもり。そのためには積極的に仕掛けていかなきゃいけない。だからこそ新日本プロレス恒例の1・4東京ドーム大会の3日前となる1月1日に日本武道館大会「ABEMA presents NOAH〝THE NEW YEAR〟2022」を持ってきた。
「新日本さんと同じ規模を目指していかないと成功はないと思うんです。ただ、現状では収益においてもSNSのフォロワー数においても、いろんなところで1ケタの違いがある。一歩一歩じゃ追いつけない。だからこそ元日に日本武道館でやりますし、仕掛けていかなきゃいけない。やれるだけのポテンシャルはノアにあると思っています」
プロレス界に固執するつもりはなかった。ほかのスポーツビジネスにも関心を持っていたからだ。だが結果的にはどっぷりと浸かってきた。そこにはプロレスの社会的価値を引き上げたいという強い思いがあるからにほかならない。
「子供たちが将来、プロレスラーになりたいっていうくらい憧れのスポーツにしなきゃいけないと思っています。だから我々の団体のことばかりでなく、業界全体を考えて動いていかなきゃいけないとも思っています」
武田の言葉に力がこもる。
力道山から始まった日本のプロレスの火を消すことなく、「興行仕掛人」としてプロレスリング・ノアを舞台に盛り上げていく。夢と覚悟を、両手に持って--。
プロレス仕掛人 終わり
2021年10月公開