新日本プロレスの「一強時代」が続くなか、かつてライバルだった「プロレスリング・ノア」に勢いが出てきている。
2021年10月3日、東京・後楽園ホール。
シングル最強を決める「N-1 VICTORY」最終日はコロナ禍による50%の入場制限下ではあったが、熱気に包まれていた。
「金剛」という同じユニット内での戦いになった決勝は中嶋勝彦が拳王を抱え上げて後頭部からマットに叩きつけるダイヤモンドボムで沈めて2連覇を決めた。
腕を組みながらこの光景を静かに見つめる目があった。
中嶋勝彦(左)と拳王のN-1決勝。激しい攻防の末、中嶋が大会2連覇を達成した©プロレスリング・ノア
武田有弘、49歳。
DDT、ノア、東京女子プロレス、ガンバレ☆プロレス運営する「Cyber Fight」でノアの事業責任者を務める取締役だ。興行の流れ、ファンの反応をチェックするかのように会場の至るところに視線を飛ばしていた。
9月12日に開幕した全6大会の「N-1 VICTORY」シリーズは反響を呼んだ。ビッグネームの武藤敬司を筆頭に船木誠勝、藤田和之、ケンドー・カシンらレジェンドレスラーたちが参加し、中嶋、拳王、杉浦貴、そしてスター候補の清宮海斗らとぶつかり合った。
後楽園ホールでの有観客試合を3大会、特設アリーナでの無観客試合を3大会開催し、有観客はいずれも札止め。無観客はオフィシャル動画配信有料サイト「レッスルユニバース」で流され、視聴者数においても手応えがあったという。また有観客3大会は、ABEMAで無料配信されている。
プロレス興行仕掛人は、冷静にこう分析する。
「我々が持っているメディアの力を活かして動画配信に関してはスケール(拡大)できた大会にはなったと思います。興行として目の前にある大会をしっかり成功させた点も良かった。ただ、コンパクトな成功だったな、と。市場を広げていくことを考えれば、もっと大きな会場で勝負しても良かったのかなっていうふうには感じました」
つまり5000人収容の会場ならコロナ禍の制限でも2500人を、1万人の会場なら5000人を集めることができる。武田曰く、会場の大きさと視聴数は比例するというから面白い。
「それはもう明確です。同じカードを提供しても、会場が大きければ大きいほど、お客さんが入れば入るほど視聴者数も多い。それってプロレスの歴史が築いてきたものでもあると思うんです。会場が大きくてもガラガラなら、視聴者数も伸びません」
プロレスファンならば、たとえば「日本武道館大会」「両国国技館大会」というだけで、団体が勝負する大会だと認識できる。もし「N-1 VICTORY」の最終日だけでも大きな会場にしておけば観客のみならずABEMAの視聴者数ももっと伸ばせたという読み。もちろん、予想以上の反響だったからこその反省点ではあったものの、大きな会場で興行をやることは団体のステータスのみならず、「N-1 VICTORY」のブランドを上げることにもつながる。そのチャレンジができる状況だったんじゃないかと、武田は自問自答する。
ノアを多くの人に知ってもらいたい。多くの人に観てもらいたい。少しでも興味を持ってもらえるよう、入場時のゲート、ライティング、スモークなど華々しさにとことんこだわっている。
「どうしてそんなにオカネを掛けるんだっていうくらいやりますよ(笑)。カメラの台数も増やせるなら増やしたい。無観客だから手を抜いていると思われたら、もうそこでアウトですから。異次元の世界にファンのみなさんを誘っていかなければならない。そこは逆にもうとことんやります」
全日本プロレスの流れを汲むノアゆえにレスラーを見ても実力者揃い。あとはどんなカードを提供し、どうシリーズの流れをつくり、どう見せ、どう届けていくか--。
来年1月1日には日本武道館大会「ABEMA presents NOAH〝THE NEW YEAR〟2022」を開催することが発表されている。武田のもとで攻めの仕掛けが続くのだ。
3日後には新日本プロレス恒例の1・4東京ドーム大会が待っている。団体トップとの興行戦争になるが、ノアのレスラーという「商品」に自信がなければ、こんなことはやれない。かつレスラーたちの価値を上げる意味もある。
武田は力説する。
「我々が頑張ってステージを上げていくと、レスラーというのはそこに合わせていこうとするんです。それを続けてやっていけば、(高いステージに)追いついてくる。だから我々としては、ステージを用意することが大事だと思っているんです」
ノアを運営する「ノア・グローバルエンタテインメント」の社長に就任しながらも厳しい経営状況と向き合っていたのはつい2年前のこと。
ノアは全日本プロレスを離れた故・三沢光晴が2000年に立ち上げた団体。東京ドーム大会を成功させるなど気を吐いていたが、日本テレビの地上波撤退や試合中の事故による三沢社長の急逝もあって次第に新日本から引き離され、近年は親会社も入れ替わってきた。2018年12月、「リデットエンターテインメント」が「ノア・グローバルエンタテインメント」を子会社化したことによって、リデットで長州力の引退ロードに携わってきた武田に白羽の矢が立った。事業全体の見直しに着手し、翌2019年5月、取締役社長に就任した。
「責任を持って(団体を)動かしていく立場の人間が必要ということで、リデットから僕が行くことになってのちに社長を任されることになりました。とはいえ僕は自分の経験則でやるしかないし、そこに頼るしかない。だからこじんまりとはやれない。こじんまりしても、ノアの価値は上がっていかないと考えましたから」
2018年に続いて両国国技館大会の開催など、武田は勝負に出ていく。しかしながら試合中継を含めてコンテンツの発信力は乏しく、期待を上回る反響もない。資金面の苦しい状況を改善できず、見通しもなかなか開けない。そのため契約更改ではレスラーの年俸を下げざるを得ず、契約更新に至らずにノアを離れるレスラーもいた。
このままでいいわけがない。
武田は信頼を置く経営者に連絡を入れた。
それがDDTプロレスリングをレスラーとして経営者として人気団体に引き上げた高木三四郎こと高木規社長であった。
2021年10月公開